愛しい人がいる。その人が好きだから、完璧になる。
それは建前。
だって、私の好きな大大大好きな田村 三木ヱ門は、
完璧じゃない私を、好いてくれた。
それどころか、これ以上完璧になったら、怖いと、
変な妄想をいだいていた。
文ちゃん先輩が私に好意を抱いて、いっさ先輩が私をかすめ盗ろうと画策して、
滝夜叉丸は愚かものらしい。
私は抱きしめられる彼の腕の中で、
綺麗な整った顔をして、努力家で、実技も座学も上位な三木ヱ門
を見上げた。
私が、頑張る理由はね。三木ヱ門。
三木ヱ門のためじゃないよ。
ただの意地とプライドと女の戦い。
三木ヱ門のは、ただの妄想で虚言だけど、
私の思っているのは正しいと思う。
だって三木ヱ門のこと、くノ一でも好意を持っている子多い。
つれないけど、時々見せる優しがいいんだって。
そんなの私だけ分かればいいのに!
だけど、そんな三木ヱ門に私は惚れたんだからしょうがない。
初めての恋人だから、勝手が分からない。
好きで付き合って、二人一緒に幸せなら、それで終りだって思っていたのに、
ここからが始まりで、ねぇ、三木ヱ門。
私ね、いつも怖かった。
いつか、本当の誰がみても完璧な子が現れて、三木ヱ門のことを愛して、
私から去っていくのが。
だから、完璧になりたかったの。
なのに、そんな恐怖が今ここに現れた。
夢にまで見た私の完璧理想型が、光を纏って、甘やかしい笑顔を持ち
彼に近づいた。
冬華と呼ばれた完璧超人は、私の好きなお話の「天女さま」と同じだから、
同じ考えをしていた人が、そう呼んだ。
彼女はあろうことか、私の大大大好きな三木ヱ門を、運命の人だって!
彼女の世界で、二人は散り散りになってしまって、
世界を渡り歩いて、三木ヱ門を探していたんだって!
だって言うのは、私は訓練・修行に熱をいれて、
筋肉痛、頭痛、腹痛色々な痛みに、授業が終われば、修行が終われば、
すぐに部屋に帰って、バタンキューだから、
くノ一のうわさ話で、ロマンチックって言っているのを聞いたから。
私は、最初しか二人を見ていない。
それって、私がここ数日三木ヱ門と会ってないことだ。
でも、三木ヱ門は私に会いに来てくれない。
急ぐから、待ってて。私その子よりも完璧になるから、待ってて
と、言うことも出来ないで、今の私といえば、
テストが風に飛ばされて、木の根元に気づかず、足をくじき、
そんな間抜けな姿を、運悪くいっさ先輩に見つかり、治療されている。
木の幹の上に座る私の足元で、
いっさ先輩は、シュルシュルと包帯を、綺麗に巻いていた。
「はい、終わったよ」
「ごめんなさい」
「そういう時は、ありがとうでしょう?」
「・・・・・・間抜けなくノ一ですいません」
「間抜けって、前方不注意なのは、喜ばしくないけど、
このところちょっと頑張り過ぎなんだよ。ちょっと休んだら?」
「休んだら、完璧になれる?」
「少なくとも、こういう間抜けな姿を僕に見られないよ」
「じゃぁ、見ないで、あっち行って」
沈黙。私、今、凄くひどい子だ。
いっさ先輩に八つ当たりしてる。
苛立たしい私に、いっさ先輩は立ち去らないで、私の横に座った。
いつもなら優しくていい先輩のいっさ先輩が、今はとても邪魔だ。
なんで行ってくれないの?罪悪感と苛立が募る。
いっさ先輩は、私の近くに落ちていたテストを手にした。
「テスト、赤点じゃなくなったね。凄い頑張ってるね」
「凄くないよ。みんなは普通にできてるもの。最下位じゃなくなっても、
後ろから何番目かで・・・なんでこうかな?なんでこんなんかな?」
そういって、テストを奪って粉々に破った。
風に乗って、散り散りになっていく、私の感情もそうなればいいのに。
私の醜い部分が、溢れてる。
完璧だなんて勝手に自分がつくりあげたそれに手が届かなくて、
勝手にわめきちらす。なんて迷惑なんだろう。
怒ると、涙が出てくる体質だから、
じわりと熱を持ち、こみ上げてきたものが、苦しくてしょがない。
「ちゃん」
歪んで見えているのは、いっさ先輩。
だけど本当に歪んでいるのは、私だ。
いっさ先輩が、遠くから近くなって、
肩を、優しくポンポンと穏やかなリズムで叩く。
「ちゃんはこんなんだっていうけど、ちょっとずつ進歩しているじゃない。
それに、努力っていうのは、すぐにバーンってあがるものじゃないし、
でも、文次郎が、褒めてたよ。
最初の簡単なランニングで吐いて倒れていた奴が、
このところ付いてこれてるって。
僕だって、罠に数回ひっかかていたのが、
何日かに一回になってきていること分かってる。
だからね、ちゃんは、えらい。
誰かが、どうしようもないって言っても、
努力が足りないって言っても、僕は、ちゃんを褒めるよ」
「褒めないでよぅ」
「ちゃんは、頑張ってる。えらい。凄い」
肩に叩かれていた手は頭に変わって、
私の涙の量も増えた。
「ふぅ、だって、うぅうぅ。頑張っても、頑張っても、追いつかないよぉ。
急がなくちゃ三木ヱ門が、私から、いなくなっちゃう。
それなのに、私、頑張ってもこんなんで、どうしようもないよぉ」
急いで、急いで、完全に三木ヱ門を、捕まえたいから頑張ってきた。
だって、私から好きになったのだ。
私が捕まえ続けなくちゃいけない。
それなのに、神様って残酷だ。
完璧な超人を降らせて、しかも運命の人だなんて。
彼女は、誰もがうっとりする笑顔で、彼だけに微笑み、
彼だけのものを増やして、赤い糸を持って、彼の小指にある糸を切ろうとしてる。
でも、簡単に切れてしまうよ。だって、彼女、完璧なんだもん。
くノ一から聞こえる噂は、あの人がスゴイ人だってこと。
嫉妬されるほどに、美しく可愛い人。
誰を何人魅了させたかってこと。告白の数がスゴイってこと。
それなのに、三木ヱ門だけを愛してるってこと。
そんな人、だれが好きにならない?
三木ヱ門は、きっと好きになってしまう。
私のこと忘れて、行ってしまう。
それが嫌。どうしようもなく嫌。
でも、敵わない。追いつかない。進まない。
嗚呼っと叫び声に近い声で、声をあげて泣きじゃくった。
だから私はいっさ先輩が強く私を腕の中に閉じ込めていることも、
「田村なんか、追いかけなくてもいいじゃない。君は、凄く頑張った。
だから泣かないで、僕がいる。君を泣かせたりも、一人にさせたりもしないから。
ね、ちゃん。好き。大好き。愛してるよ。きっと聞こえてないだろうけど。
だから、ね。もう我慢なんてしなくていいよね?田村」
って言っていることも聞こえなかった。
2010・07・07