私はもともと完璧だがら、不完全なものが嫌いなんだ。美しくない。
どうしてもっと努力しないのかと怒りがこみ上げてくる。
最初、彼女に抱いた気持ちもそうだった。
彼女は始めから不完全で、しかも厚かましいことに自分を完璧だと吹聴した。
どこが、と完全な道化な彼女を笑って、同じにされれば怒り狂った。
しかし、彼女は運のいいことに、自分の姿に気づいたのだ。
普通ならば、そのまま恥じ入って、諦めてしまうというのに、
彼女は諦めなかった。それどころか、自らの手で自分を変えようとした。
毎日、擦り傷を作り、沼にはまり、半泣きの姿は、前よりも泥まみれで姿かたちは、
美しくないけれど、踏まれても、立ちあがってくるタンポポのような姿は、
好ましいものとして映った。
だから、あの日の過ぎた行動をあやまり、壊した、いや彼女自身が壊した簪を渡したのだ。
彼女は、その簪を一目見て地味だなぁ。といったけれど、次には頬を吊り上げ、
屈託のない目を細くして、単純に嬉しいと分かる表情で、
美しいとは程遠い顔で笑った。ありがとうと言葉に乗せて。
その時、私はドクンと、胸が一鳴りして何か詰められたかのような思いがした。
その日から、彼女の髪には時々地味といわれたけれど、
彼女の魅力を存分に引き立てる簪が付けられた。
私は、それを遠くから見て、つつっと頬が勝手ににやけるのをいつも押さえていた。
それにしても、と私は思ったまま口にした。
「彼女は、私にがんばっている姿を見てもらいたいのだろうか?
毎日毎日、ああも見せなくてもいいものを。
ふ、しかし、完璧の形容詞が同等の私にお墨付きでも貰いたいのだろうか」
その時にいたのは、喜八郎で彼は無表情の顔を一瞬、目を大きく見開いた。
「なんだ。その顔」
「へー滝って、そうか。そうだよね」
「そうかって、なんだ意味深に」
「気づいてないなら、一生気づかないほうがいい」
と、その日一日憐みの視線と嫌に優しかった喜八郎が、気味悪かった。
天が授けてくださった才能で天才!!とは私の言葉。
傷のない玉で、完璧とは私の言葉。美しいも私の言葉。
彼女が並べて使っていた嘘の言葉は、全て私に当てはまるのだから、
私を意識してもしょうがないと思っていたのだ。
しょうがない、思っていたのだ。
「あれ、滝夜叉丸!!」
「か、どうかしたか。いいや、待て、お前が言いたいことは分かるが、私は」
人の話を聞かずに、彼女はずいっと体を乗り出し、またいつかのように笑った。
「あのね、これありがとうね。初めて三木ヱ門に褒められた」
そう言って私のあげた簪を満足げに言う彼女。
彼女がその簪を付けていたのは、私があげたからではなくて、あいつに褒められたから。
毎日私に見せている?違う。私が毎日彼女を、目で追っていただけだ。
彼女が無邪気に笑う中、その事実に気づいた私は、かろうじて、自分をほめた。
いつものように、自分の自慢で一杯にさせて、外も見えないようにすれば、
いつの間にか、いなくなっている。
いついなくなったか分からないほど自分に夢中になっていた。
なんて、嘘だ。
彼女が私に背を向けて、三木ヱ門と呼ぶ姿に、抱きつく姿に、
私に見せたことのない、全身で好きだと分かるとける様な彼女の一番美しい笑みに、
胸が痛い。喉も痛い。腹も痛い。
どす黒い渦のようなものが、徐々に重くなり私を侵食していく。
黒に、黒に。
最初から、彼女は三木ヱ門しか見ていなかった。
変わったのも、あいつのためだった。
もっと、早く優しくしとけば。彼女は彼のそんな容易な行動で落ちた。
もっと、早くさとしていれば。彼女はだから、変わることを知った。
ああ、でも全てが「もしも」な変えれない過去を覆すことばかりで、
今、はどうすることもできない。
あいつは、彼女を溺愛している。
そのままの彼女でいいと、それ以上完璧になったらさらわれると
どこか恋というフィルターで、彼女が一番なのだ。
彼女は彼女で、まっすぐで一途だから、三木ヱ門以外の男は男じゃないと思っている。
そんな隙もない彼らに、私が出来るのは、
気づかないでそのままでいれば良かった感情を、
ゆっくりと眠らすだけしか出来なかった。
報告という名のけん制を受けて、
出て行った三木ヱ門の気配がなくなったのを確認すると、
私は小さな子箱から、昔のが愛した簪をとりだした。
ところどころかけているものの、ほとんど元の状態と変わらない。
それも、私の天才すぎる手の細かい作業を得意とするとこにある。
朱色の色は、私の顔を映し出した。
「それなら、なんでから奪った簪、いまでも大事に持ってるんだ?」
そんなもの、決まっている。
いつか、どこかで隙ができたら、お前から奪ってやろうと思っているからだ。
眠らせた龍を起こしたのは、お前だ三木ヱ門。
報告のけん制なんてなければ、私にそうなる可能性を一分でも示唆してみせなければ、
寝たままでいられたのに、ああ、簪にうつる私は、なんて。
なんて、醜い。
それでも、好きな女と私じゃない男との幸せを祝福だなんて、できるはずもない。
2010・2・26