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誰かが言っていた。眠ることは、死ぬことの練習なのだと。
だからだろうか、
恋が終われば、自然に息が止まると思っていたのだけれど、
何度も、終わりを感じていたから、私は、生きている。
世界も、色も音も匂いもなにもない世界ではない。
落ちてきた葉を避けて、落ちている葉を踏んでも、音も立てない。
これが、私の努力の成果。
やみくちゃに進むのやめて止まれば、徐々に、周りがみえてきた。
テストの点数や、実地の訓練。
馬鹿にされていた視線が、柔らかくなったこと。
かなわないと思っていた同級生に、一発いれれたこと。
私は、ちょっとずつ進んでいた。
完璧には、全然程遠い私だけれど、努力は、私の姿勢を綺麗にした。
胸をはって、私は、私だと主張することができる。
自分を追い込むことは、やめたと言っても、
訓練も美への追求も全部やめたのではなく、ゆっくりにしていくことにした。
無理しても、急いでも変わらないとわかったからだ。

そう私に、声をかけたのは、雹。
私の後ろに音も立てずに降りてきたのが、秋穂。
私は、しゃがんで、秋穂の上段蹴りを交わして、木の枝に捕まる。
「ほんと、変わったよな。おまえ」
秋穂が、私を仰ぎ見て、雹が嬉しそうに後ろから私を抱きしめている。
雹の気配に気づかなかったことに、まだまだだなと思う。
太陽の光に、目を細める。
二人には、とても迷惑をかけた。
私が恋を諦めた時、二人は一目散に私のところに来て、私を抱きしめた。
。死ぬなよ」
「死なないでください。
私は、そんな二人を抱き返して言う。
「そんな馬鹿なことなんてしない」
私は、心から笑えていたはずだ。
二人は、驚いた顔をして、雹は私をなでた。
「先に一人で、大人になるなんてずるいですよ」
「ほんと、いい女になって、あーもう、なんか癪に障る」
秋穂は、私のほっぺを掴んで引っ張った。
私は、なんの意味かはわからなかったけれど、
二人がいてくれて幸せだと思った。
三木エ門だけいればいい世界は、三木エ門を失って、違うものを見せた。


、何をしている」
「あ、文次郎先輩。時間過ぎていましたか?」
私は、地面に降りると、先ほどまでいた二人がいなくなっている。
いつの間にと思っている私に、文次郎先輩は苦い顔をする。
目でなにか訴えてくる文次郎先輩に、私は苦笑する。
「なんで、そんな酷い顔するんですか」
眉間の皺が酷いですよ。と眉間を触ると、指をとられる。
私の手に優しく触れる、文次郎先輩の手がとても暖かい。
「おまえから、敬語を使われると、体がむず痒い」
「違うだろう。離れた感じがするから嫌なんだろう。文ちゃん先輩」
私と文次郎先輩の間に、立花先輩が現れた。
私は、急いで手を元に戻す。
「立花先輩、いつも綺麗ですね」
「ありがとう。。おまえもこの所、忍たまから人気が出ているぞ。
昔は、ドジっ子で、ナルシストで、マニアックな人気はあったものの、
今は、一般的な人気だ」
「なんですか。それ」
変な顔をする私に、立花先輩は牡丹の花のように笑う。
人気なんて、立花先輩に比べればみじんこ程だ。
私を好きなんて言うのは、数えで二人くらい。
からかわれていると分かっているけれど、立花先輩の笑みは嫌いではないので、
許してしまう。
文次郎先輩は、そんな立花先輩を睨んでいる。
立花先輩は、その様を笑う。
「おや、なんだ。文次郎。私を睨んでも、どうしようもないぞ」
立花先輩は、文次郎先輩をからかっているときが、一番イキイキしている。
きっと、立花先輩は、文次郎先輩が好きなんだと思う。
一回、いったら幽霊にあったかのような妙な形相になったので、
思うだけにしておくけれど。
「いいから、さっさと失せろ」
文次郎先輩がそういうと、立花先輩は、笑顔で帰っていった。
少しでも、構われたいのだろうか。
なんて思っている私に、文次郎先輩は、私を見おろす。
「なんで、急にアダ名と話し方やめたんだ」
「周りから、冷やかされていたでしょう。迷惑をかけたくなかったんです」
そうなのだ。
これも、ようやく周りを見れた私がわかったこと。
私の言葉遣いのせいで、文次郎先輩が、文ちゃん先輩とか、
後輩からタメ語で言われたりとかしていたのだ。
大体、一回、文次郎先輩が怒れば、そんなことするものなんていなくなるけど。
「迷惑なら、最初に言っている。バカモンが。俺がいいなら、いいじゃないか」
「私が嫌なんです」
「じゃあ、二人っきりの時は、言ってくれ。俺は、前の方が好きだ」
また手をとられ、手に静かに口付けられる。
恋が終わった私に、文次郎先輩は、恋を思い立たせようと、よく私に触れる。
触れ終わって顔をあげるときの、文次郎先輩の伏目がちの顔が、
心臓をドキリと高鳴らせる。
「先輩。私、無理してないですよ」
手を離すことのない文次郎先輩に、微笑む。
文次郎先輩は、私のことを近くで、
よく見てきたから、私の無理を見抜こうとする。
文次郎先輩は、怖いと下級生から言われているけど、本当はとてもやさしい。
「ただ、傷つけられたくない大切なものが増えただけです。
だから、ここは、譲れませんよ」
何事も自分に厳しくて、尊敬できる人だから、誰かに傷つけられるのが、嫌。
そう思うのが、恋と言うならばそうなんだろう。
でも、そうしたら、私はたくさんの人に恋をしている。
「おまえは、頑固だからな。だから、惚れたんだが」
最後のところを、わざと耳元で低い声でいうものだから、
顔が真っ赤になる。慌てて距離をおき、耳を押さえる私を、文次郎先輩は笑う。
「耳元でいわないで。文ちゃん先輩」
「照れるときは、素がでるんだな」
「もう、頑張って、敬語使うんだから。からかわないで!」
「からかってなんていない。
これくらいしないと、おまえは落ちてきてくれないだろう?」
眉を少しだけ寄せる。
木々が揺れる。
足元では蟻が餌を運んでいる。
私は、文次郎先輩の言葉で、影を落とす。
「すみません」
「謝るな」
「私は」
「いいから、喋るな」
文次郎先輩の有無を言わさない声に、黙る。
私は、文次郎先輩の思いにまだ答えを出していない。
触られるのは、嫌いじゃない。
尊敬しているし、優しくて、厳しくて、大好きだ。
二人でいれば、とてもあたたかい。
心臓だって高鳴るのに、どうしてか私は、彼に答えを言えない。
「俺が卒業するときに答えをくれ」
「卒業までに?」
いきなりの話だ。口を開く私に、文次郎先輩は、一回こちらを見て、
顔をそむけた。
「いくらだって待ってやるつもりだったんだが、状況が変わったんだ。
おまえは、綺麗だ。前よりもっと綺麗になった。
いつ、奪われるのか、気が気でない。だから、もう待てない」
文次郎先輩は、拳を握る。
「先輩って、私に対して過大評価ですね。昔の三木エ門と同じだ」
言ってから後悔したけれど、言葉は戻らない。
文次郎先輩は、私をみた。
そんな顔、させたくないのに、させているのが、私だと思うと悲しくなって
どうしようもない。
「忘れてくれなんて言わない。二番でもいいんだ」
嘘だ。本当は、一番がいい。
私だって、長く一緒にいて、文次郎先輩の考えが分かっている。
その言葉をどんな気持ちで言っているんだろう。
「ただ共にいてくれればいい」
嫌な女だ。なのに、安心している。
文次郎先輩を、好きだと思う時の表情はいくらでもある。
今、目を細めて、口端を少しだけ広げた表情も好きだ。
なのに、言葉にはできない。
「今日は、帰れ」
何も言えない私を、文次郎先輩は察したみたいだ。
「俺は頭を冷やす」
そういって文次郎先輩は消えてしまったから、ごめんなさいの言葉は、
誰にも届かなかった。







「どうかしたの?ちゃん。文次郎との訓練は?」
勝手に足が動いていたみたいだ。
気づいていたら、穴の中に落ちていた。
先客がいたのには、驚いたけれど、誰かは分かっている。
「伊作先輩」
「やだなーいっさ先輩でいいって言ってるじゃない。
それか、伊作さんでいいよ」
「けじめだって、言ったじゃないですか」
文次郎先輩だけっていうのは、何か違う気がする。
だから、上級生全員に尊敬語を使っている。
それなのに、一番接する上級生は、ことごとく私に甘い。
それじゃ、だめだ。
そもそも、上級生に尊敬語は、あまり前のことだ。
それさえ、私はうまく使いこなせない。
時々、ポロリと前の私がこぼれてくる。
特に、伊作先輩の前では。
「僕にけじめって、不運委員長とか言われてるんだから、気にしなくて
いいのに」
ポツリと、自虐するいっさ先輩のお腹を叩く。
いっさ先輩のお腹は、凄く固い。
いっさ先輩も凄く努力家で、とてもやさしいのを知っている。
それなのに、そんな言葉でけなされるのが我慢できない。
いっさ先輩が受け入れてるのも、嫌で、つい、泣きそうになる。
「いっさ先輩は、不運じゃない。みんな分かってない」
「うん。そういってくれる君がいれば、僕は、誰に言われても
気にしないから、そんな悲しい顔をしないで」
私は無言でいっさ先輩の手に頭突きをする。
いっさ先輩は、無言で私の頭を掴んで、そのまま私の頭をなでた。
「どうかした? 今日はちょっと変だね。
もしかして、文次郎に、待てないとか言われた?」
「なんで分かるの」
顔をあげる私に、いっさ先輩は笑う。
気の抜けた笑みで、知らずに入っていた力が体から抜けた。
「分かるよ。ちゃん。顔に出やすいし、もしね、
ちゃんが、文次郎が嫌なら、僕がきっぱり断ってあげるよ?」
その申し出に、私は困った。
凄く困ってしまって、まとまらない思考のまま、口を開く。
「文ちゃん先輩は、とてもいい男だよ。私にはもったないくらい格好いい男。
嫌というか、わからないの。
だって、私の好きな人って、三木エ門しかいなくて、
それが、なくなって、なんていえばいいかな。わからないの」
「要するに、まだ君には早いってことなんじゃないのかな」
素早い回答に、私は首を傾げる。
「早いって?」
「田村との恋に終わりをつけたばっかで、次の恋にすぐってわけには
いかないでしょう」
そうかな。
いっさ先輩がそういうならそうかもしれない。
でも。と言う前にいっさ先輩が私に言う。
「文次郎も人が悪いよね。そんなちゃんに、
文次郎との関係を天秤にかけるなんて、一種の脅しだよね」
「脅し」
「だって、君が文次郎を断れないのは、文次郎との関係を終わらせたくないからでしょう。それって、友情みたいなさ、離れたくないだけなんじゃないかな」
いっさ先輩の言う通り。
悪いのは、私だ。
文次郎先輩が、私を好きだと言ってくれて、嬉しかった。
三木エ門と別れても、まだ私を好きで嬉しかった。
恋かどうかわからないなんて、曖昧な答えしか出せない私が、
文次郎先輩と訓練を続けているのは、まだ私を好きでいるか確認だなんて、
なんておこがましく浅ましいんだろう。
待てないっていうのは、こういう浅ましさがバレてるのかもしれない。
別れることで、関係をなくなるのは嫌だから、答えは出さないで
ずっとこのままでいれたらなんて。
自分の恥に顔を染めるいっさ先輩は、謝った。
「ごめんね」
一体何に謝っているんだろう。分からない。
ここのところ、分からないだらけだ。
ただ静かに過ぎていく時を感じるままだ。
いっさ先輩は、穴から私を出した。
二人とも泥だらけだ。服についた泥をとって、飛び立つ鳥を見ていた。
「いっさ先輩は、卒業したら、ここには、もう来ない?」
私の浅ましさを、いっさ先輩は分かっているだろう。
もう私に愛想がつきてしまっただろう。
そんなこと聞けなくて、いっさ先輩の顔を見ずに言う。
「僕は、ここで先生の助手になることにしたから、まだここかな」
「え、なんで」
顔を向けると、いっさ先輩は、思ったより近い距離にいて、
驚く私に、妖艶に微笑む。
「なんでって、嬉しくないの? ちゃん」
「嬉しいけど、いっさ先輩なら、他にもあったんじゃ?」
「ないよ。僕って、あんまり戦闘得意じゃないし、医療の腕も、先生に
比べるとまだまだだし、ここで経験積んで、医療忍者になるつもりだよ。
当分一緒だね」
ウインクを寄越してくるいっさ先輩に、肩の力が抜ける。
もしかしたら、私のためにここにいるなんて勘違いをしていたけれど、
どうやら、いっさ先輩は、ちゃんと考えていたようだ。
よく、某忍者に勧誘されている姿を見ていたけれど、
あそこは、嫌なのかもしれない。
ぐるぐると考え事をする私に、いっさ先輩は、顔を掴む。
「一緒なの、嬉しい?」
いっさ先輩の目が私の目を見る。
いつもの優しいいっさ先輩ではなく、真剣な顔だ。
あまりに近い距離に、体を動かそうとするが、いっさ先輩の力は
緩まない。
ただ綺麗ないっさ先輩の瞳を見て、一瞬、呆けたが、
ちょっとずつ近づく距離に、なにか感じて、わざと大きな声で言う。
「う、嬉しいに決まってるよ」
「そっか。じゃあ僕も嬉しい」
いっさ先輩は、手を離し、いつもの雰囲気に戻る。
ほっとしたけれど、どこかで、残念って声が聞こえた。
変な悪寒を感じて、いっさ先輩をみたけど、不思議そうな顔をしている。
「そういえば、お菓子貰ったんだけど、いる?」
「いる」
聞けば、あんみつらしい。
保健室にあるから、某忍者に見つかったら食べられてしまう。
急がないと、と駆けていくのに、いっさ先輩は歩いている。
「もう、先に行っちゃうよ。いっさ先輩」
少し離れた距離で、笑みをたやさずに、いっさ先輩は呟く。
「馬鹿な文次郎。僕は、ちゃんを、離さないよ」






「何しているの? 滝夜叉丸」
「何って、見れば分かるだろう。美しい裸体を見せに来た」
夜中にくのたまである、私の部屋まで来れたのはさすがだ。
くのたまのところまでは、様々な罠があるのに、
滝夜叉丸は、傷ひとつないが、上の服もない。
半裸を魅せつけて、褒めろとばりに私を見る滝夜叉丸に頭を抱える。
「時々、滝夜叉丸の性格が分からなくなるよ」
「嫌か?」
「微妙」
悔しいことに、月夜にはえて滝夜叉丸は綺麗だ。
「喜八郎に、女性へのアピールは、私のいい部分を全面的に出す方法として、
半裸を見せるになったんだが、失敗か」
「いつも思うんだけど、綾部くんにからかわれているよ」
あの無表情の綾部くんがピースサインをしている姿が思い浮かぶ。
「喜八郎はああ見えて、作法委員だぞ。こういうのは、お手のものだろう」
「綾部くんが、女の子ナンパしている姿みたことある?」
「ないな。だから、斎藤さんにも聞いたんだが、あ、あまりに破廉恥で」
顔を染める滝夜叉丸に、どういう内容だったか分からないけれど、
ナンパ=斎藤さんの公式が当てはまった。
くのたまの噂に聞いていたけど、斎藤さんの噂は本当だったみたい。
「そこで、思いとどまってくれてよかったよ」
「……破廉恥な方で、いくか?」
「気になるけど、やめとく。滝夜叉丸殺されちゃう」
「そうだな。さっきから、殺気が痛い」
雹と秋穂は、滝夜叉丸が来ていることに気づいている。
縁側に私は座って、滝夜叉丸が庭で立っているのは、
滝夜叉丸の足もとに円を描いて刺さっているクナイのせい。
「……もしかしていまの、さっきと殺気をかけたギャグだった? 
笑った方がいい?」
「いい。そういうの、いいから」
滝夜叉丸は、クナイをまたいで、私の横に座る。
私達の間には、腕半分くらいの距離が開いている。
滝夜叉丸が黙って、月を見ているから、私もみた。
。私は、こういうのはあまり得意ではない」
「なにが」
「慰める方法が分からない」
「もしかして奇っ怪な行動は慰めだったの? 
あの完璧な手作りの菓子と、完璧な女装と、完璧に私を負かした組手が、慰め?」
このところ、夜な夜な現れての奇っ怪な行動は、
綾部くんの入れ知恵だと分かっていたけど、なんの意図かと思っていれば、
苦笑しか出てこない。
「滝夜叉丸が、女として上をみせつけているのかと思った」
「阿保なことをいうな。私は、男だ。まぁ、女からみても美しいが。
おまえには、男としてみてもらいたい」
微妙な空気に耐えられず、話をずらした。
「今日の半裸も慰め?」
「いや、今日のは、おまえが私を襲ってくれればいいなと思って」
「え?」
驚いて滝夜叉丸を見るけど、滝夜叉丸の顔は、真剣で、
冗談を言っているようではない。
「私だって馬鹿ではない。ちゃんと実験をしてから、実行をする。
半裸をみせつけるは、よく釣れた」
「それは……女? 男?」
「……両方だ」
「そう」
変な空気が流れた。そういえば、忍たまのなかでも、滝夜叉丸は人気
と聞いたけれど、本当だったみたい。
滝夜叉丸綺麗だからな。と見ていれば、滝夜叉丸がこちらをみた。
意思の強い瞳が、少しだけ揺れる。
「実は、よくよく考えたら、私はいつも美しかったから、
女を口説いたことがない。どうすれば、が私を好いてくれるのか、自信がない」
「いつも自信過剰な滝夜叉丸が、自信がないって」
「こればかりは、努力でもどうすることもできないと思ってな。
最初は、おまえを奪って、完璧に愛して、両思いというのを考えていたが、
そういえば、私は、が、初恋だった。未知の分野だ。
どうすればいい?」
「どうすればいいって、私に聞くの?」
「わからないことは、本人に聞くのが一番だ。
どうして欲しい。諦めて欲しいか。忘れさせて欲しいか。奪って欲しいか。
強引がいいか、優しいいのがいいのか、腹黒がいいか、ピュアがいいか。
どれがいい?」
「わからないよ」
自分が何を求めているかもわからない。
恋を諦めて、その次にどうすればいいかなんてわからない。
私を好きだっていうのに答える言葉は、2つしかないのに、
私はどちらも口にできない。
そもそも恋ってなんだっけ、
なんで三木エ門を好きになったんだっけ?
月はほのかに光、庭を照らしている。
この下で、たくさんの生き物が生息している。
その中の一つである私は、何を思えばいいのかすら分からなくて、
途方に暮れている。
いっそ、誰かが決めてくれればいいのに、なんて他力本願なことを考えてみる。
それじゃあ、文次郎先輩も、滝夜叉丸も……三木エ門も誰も救われない。
「そうか。なら、私は、勝手に努力するが、いいか?」
「いいかって、私の許可必要なの?」
「当たり前だ。おまえに嫌われたら、私は苦しい」
「嫌われたら、諦めるの?」
じゃあ、不許可ってしてもいいかななんて意地悪いことを考える。
意地悪い顔をしていたのだろう。滝夜叉丸は少しムッとした顔で答える。
「まさか、諦めるわけあるまい。苦しいが、我慢するさ。
ただ、拒否されたら、諦める。私は恋がしたいが、無理強いをさせたくはない。
おまえが、幸せに生きられるなら、助けたい。それが、恋だろう」
「矛盾だらけだね」
「そんなもんだろう。恋なんて」
滝夜叉丸の言葉にはっとして、まぶたを閉じて頷く。
「そうだね。そんなもんだね」
二人の間の距離が、少し近づき、滝夜叉丸の手が私の手に触れた。
。おまえは恋がしたいか?」
滝夜叉丸の質問に、さっきまで出てこなかった答えが浮かんだ。
ぱっと花火のように浮かんで消えて、それら一つ一つに懐かしさと
愛おしさがこみ上げてくる。
なんで、三木エ門を好きになったのか、思い出した。
「わからないけど、私、恋をして、一つだけ、思ったことあるんだ」
月を見上げると、やはり先程と変わらないのに、
誰かが私に手をさしのべている風景を思い出す。
重いソロバンが当たってとても痛い思いをしたのに、
それを吹き飛ばすほどの出来事で、すまなそうに手を差し伸べている彼。
その手をとることは、もう二度ととることは許されないけれど、
私の大切な始まりの記憶。
「恋って、苦しくて悲しくてひどく辛いものだったけど、
思い出すのって、そんなものじゃなくて、楽しかったことばかりなの。
初めてのデートとか、プレゼントとか、笑いあった日々とか。
出会った後とか最悪なのにね。私は完璧だって、言ってたりしてね。
でも、思うの。恋するのって悪くない」
完璧じゃなくていいって言って私を抱きしめて、恋人になったこと。
全部思い出して、口から笑みがこぼれた。
「私は、思い違いをしていたようだな。おまえは、完璧な恋をしていた。
愛されていたな。。三木エ門に」
「……ありがとう。そういってくれて」
私の周りは、知っているからそんなこと言わないで忘れろっていう。
私も次へ進むなんて言ってみたりしてた。
でも、本当は、恋を殺されたくなかった。
なかったことにしたくなんてなかった。
悪いだけじゃなかった。いいものも多かった。
幸せではなかったけれど、完璧な恋だった。
滝夜叉丸に言われて、ようやく自分の心が、ストンとなにか落ちたような
気持ちがした。
「負けてはいられない。。私は、おまえの彼氏になるとか、その前に、
おまえを笑わせて、私を忘れない記憶をつくるぞ」
「大丈夫だよ。滝夜叉丸を忘れることなんて、一生かかっても無理だよ」
「そうだな。私ほど完璧なものなどいないしな。
この間も、くしゅん」
ずっと半裸だった滝夜叉丸は可愛いくしゃみを一つして、
無言で上をはおりはじめた。
「あ、やっぱ、寒いんだ。てか、滝夜叉丸って、肌白いよね。ずっと思ってたけど。
なんの美容してるの?」
「元からの白さと、あまり日に当たらないことと、うさぎ屋の美白クリームを。
って、なんだ、ちゃんと見てるではないか」
「結構長い間、半裸だったから、つい」
「私の美しさに、惚れてもいいぞ」
「さっき、彼氏じゃなくてもって言ってたじゃない」
「それは、それ。これはこれ。惚れたらいつでも言ってくれ。
私は、おまえを忘れない」
にっと自信をもった笑顔に、力を柔らかくこめられて手に、
目がチカチカして、一瞬時が止まったみたいだ。
滝夜叉丸の言葉は、とても嬉しかったのに、なんでか、私は
ワーと叫んで、滝夜叉丸を殴った。
とっさのことだったので、滝夜叉丸は避けることが出来なかったようで、
私の叫び声で、雹と秋穂が現れ、滝夜叉丸を殺しにかかったので、
どうにか説得して、一段落過ぎたころ、
月は、半分雲で隠れてしまった。

私は静かになった部屋で一人、昔書いた恋文を見る。
酷い文章だ。これを出さなかったのは正解だなと思いながら、
ゴミ箱に捨てるきにもなれず、机の一番奥にしまいこむ。
ふとろうそくの火を消して、布団の中に入った私は、手を天井に伸ばした。
どこへ進むのかは、まだ決まっていない。
まだ、どこか、寒くて、ふと瞬間に、思い出す。
三木エ門が傍にいた感触を。
諦めたのに、馬鹿みたいだけど、今は、まだその感触を覚えていたい。
いつか、その寒さを、誰かが温めてくる日が来たら、
そしたら、今度は、ううん。今度も、ちゃんと完璧に愛しあおう。
できれば、最後まで、お互いに与えた幸せを忘れずに。
笑いあえた日々を、思い返して、また笑えるように。
私は、伸ばした手を引っ込めた。





終わり


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