手をグッパーと何回も広げている。
は私の視線に気づいて気まずそうに笑った。
「ダメな子だね」
誰に言っているのか分からないわけではない。
はダメだと称するのは1人しか居ない。
何があったのかわからないけれど、
カラカラと中身がないように笑うは、少し諦めた顔をしていた。



自室にある引き出しを開ける。
そこには、完璧だと自慢していたの忘れ形見が入っていた。
朱色の簪を持って、部屋を出る。
この日が来なければと思っていた、
この日を待っていた。
2つの気持ちが交差して、編み出された気持ちは、
何といっていいのか分からない。
いつの間にか、簪を握りすぎて出てきた赤い血は、
朱色の簪と同化していて、
も私と同じ気持ちのように錯覚した。
奴の姿が見えて進むことをやめて、一呼吸おく。
このままでは殴ってしまいそうだった。
そのつもりで、行くんではない。
これはけじめだ。

「三木エ門」
三木エ門は、不快な顔を隠そうとしないで私を見た。
犬猿の仲だけれど、本当にそんな顔をするのは珍しい。
いや、私が凄い顔をしているからだろう。
「滝夜叉丸、なんのようだ」
なんのようだ。とは、笑いたくなる。
お前は何をしたのか分かっているのか。
私が切望していた場所を放り捨てて、違う女の手をとった。
自分だけを盲目的に愛しているという女の優しい言葉に
騙されて、真実を見ることをやめた。
弱い男だ。
が努力する姿を否定して、そのままでいて欲しいなんて、
自分だけを見て欲しいなんて、
馬鹿。最初からはお前しか見ていない。
たしかに、彼女が進むたびに、彼女の世界が広がって、
自分のためだけではなくなるし、彼女を好きな男も増える。
でも、彼女はおまえのために進んでいるんだ。
そこを忘れたおまえは馬鹿以外言いようがない。
私は目を伏せた。
髪が風に揺られているのが分かる。
「早くしてくれないか?」
三木エ門の苛立った声に、視線をあげ、手を伸ばす。
「お前にこれを返しておこうと思って」
「これは?」
三木エ門に朱色の簪を渡す。
「お前の恋人が愛用してたものだ。私が壊した」
「ああ、あれか。急になんだ」
「いらなくなったからな」
いらなくなった。その通りだ。
彼女はお前に捨てられた。
もうお前に遠慮することもないし、彼女に遠慮することもない。馬鹿に付ける薬はないといったもので、私は、沈黙を愛する。
そう、もう遠慮はしない。
をお前から奪わせてもらう。
お前が幸せなら、だって幸せになっていいはずだ。







渡された朱色の簪を冬華に渡した。
何も言わず冬華は喜んでそれをつけた。
冬華のサラサラと流れる黒髪に朱色の簪はとてもよく似合っていて、似合っていて?
ぐらりと自分が信じてきたものが崩れた。
僕の彼女は、とても似合わなかった。
とても似合わなかったんだ。
完璧だって自分で言って、すごい無様だったんだ。
「三木!」
叫んでいる。僕の視界はぐらついて傾く。
優しい腕、優しい視線、優しい言葉、美しい顔、賢い頭、
素晴らしい能力。完璧な彼女。
でも、たしか、僕の彼女は完璧じゃなかったはずだ。
視界が暗闇にのまれた。
僕の彼女は誰だ?
完璧じゃなかったのが嘘なのか、
彼女が嘘なのか分からない。
ただずっと、馬鹿みたいに僕の名前を呼んで、
「三木ヱ門が好きで好きでしょうがない」
と言葉にする以上に、体全身で語っている彼女が
きっと

きっと本物なのだ。







三木エ門が倒れたと聞いた私が保健室に行くと、
天女・冬華さんがお盆を投げた。
練習の成果は十分で、軽く受け止めることが出来て、
お盆の上に乗っていた茶碗の水が跳ねる姿まで見ることができた。そこからはよく覚えていない。
半狂乱になった冬華さんが私の胸ぐらを掴んで叫ぶ。
「あんたのせいよ」
美人の気迫は凄い。目が赤く腫れている。
「どういうつもり?三木をこんなにさせて、
悲劇のヒロインごっこはあんたたちでやってよ。
三木を巻き込まないで」
どういうことか分からない私が鳩が豆鉄砲を食ったよう顔をしていただろう。それが余計しゃくにさわったらしく、
冬華さんが体重をかけて私を倒し、馬乗りになって言う。
「三木がこうなったのはあなたのせいよ。
あなたがしつこく言い寄るから、三木は体調を崩したのよ」
冬華さんが指さした先には、アイドルだと言い張っていたなりを消して、文ちゃん先輩に似た隈ができ顔が青白くさせた
三木エ門がいた。
「三木の幸せを思うなら、これ以上追いかけないで」
ポタポタ上から振る雫に、顔をもとに戻すと
ブルブル震える拳は私を殴りたいだろうに、我慢して、
泣いている冬華さんがいた。
容姿的には綺麗とは言いがたい容貌だったけれど、
私には美しく羨ましく感じた。
きっと私のなりたい姿のすべてを詰め込んだ人だろう。

――なるほどな。
彼等は愛しあって、幸せなのだろうな。――

私が好きだから、好きなままで、諦めるまでと思っていた。
三木エ門を忘れるのはゆっくりであるとそう思っていた。
いきなり襲いかかってきた現実に息をはくのを忘れそうでいて、息をしている。
静かだ。私を掴んでいた手はない。
冬華さんはあれからいっさ先輩と保健委員と一緒に出ていった。ここには私と三木エ門しかいない。
冬華さんは凄く嫌がったが、最後だと言えばおとなしく下がった。

「ごめんね。私、三木エ門を苦しめてた」
ボソリと呟いた言葉はやけに響く。
「私は私の都合しか考えてなかった。
三木エ門のこと考えてなかった。
ごめんね。冬華さんは完璧だから。
頭いいし運動神経もいいし顔も体も綺麗だし、なにより三木エ門を愛してる。
冬華さんは三木エ門にとって完璧なんだね。
ようやく分かったんだ。私の完璧ってね、彼女なんだよね。
彼女の上もいるよ。シノ先生とか上だと思う。
けどそういんじゃないんだ。
私は、彼女のように三木エ門を愛して愛される自信も
ありたかったんだと思う。堂々と好きだって言って、
叫びたかったんだ。言えなかったのは私が弱虫だったから。
三木エ門。
私は三木エ門を彼女よりも愛せていたかな。
愛せていたと思うけど、やっぱりドジだからな。
きっと伝わんなかったよね。きっと邪魔なばかりだったね。
迷惑って顔で言ってたもんね。そうじゃなきゃ倒れないよね。
ごめんね。でも、許してくれなんて言えないよ。
後悔してないんだもん。
ごめんね。
ごめんね。三木エ門。愛してごめん。
倒れるまで私を考えてくれてありがとう。
もう迷惑かけないから、追いかけないから、これで最後だから」
握った手は暖かった。久しぶりの温もりにじわりと涙が溢れた。
ああ、これで終わりなんだ。
体全身で感じる幕引き。
その手にすがって、終わりを口にした。

「愛してたよ」

愛しているを過去にして、私はようやく三木エ門から離れた。








2012・4・5