頭が痛い割れそうだ。
立っているのも億劫なのに、立っていようとする自分がいる。
理由はない。
あの女は今日も僕を見ている。
あの日、あの変な女が僕に好きだといった日から、僕の頭は変になった。
ガンガンと内側を小さな誰かがトンカチで叩いている。
寝ると、あの女の顔がちらつき、心臓が早く鳴り、手先が冷たくなる。
熟睡するために、外を走りまくった。
走って走って、朝が近づく前に寝る。
忘れたいのに、忘れるどころか、今まで気が付かなかった視線に気づくようになった。
あの女の存在が僕の視線の端にちらつく。
女は僕が好きだと言いながら、潮江先輩と、善法寺先輩と滝夜叉丸とともにいる。
彼等の目は普通の友達ではなく、完全に女と見ている優しい目で。
相手がいるのなら、僕にちょっかいだしてほしくない。
こうみえても、色の方面は、とんと苦手だ。
ああ、頭が痛い。
空は憎らしいほどの快晴で、太陽もなく僕の頭上で光っている。
遠くから、喜八郎とタカ丸さんが見えた。
声をかけようとして、やめた。
彼等はあの女と一緒に話していた。
なんだ。なんだ。いつからそんな女と一緒にいるようになったんだ。
僕は苛立っていた。
――ガン、ガンガン、ガン――
痛みが酷くなり、頭を両手で抑える。
こういうときに、心配してくれるのは、冬華と、彼等だったのに。
冬華は事務員の仕事をしているから今はいない。
僕だって、彼女の迷惑かけたくないから、しない。
僕の影は一人ぼっちだ。
歯を食いしばった。
あまりの痛さに保健室へ行こうとすると笑い声が聞こえる。
「もー、 ちゃんってば、それはおかしいよ」
「え、おかしいかな?私はすっごく普通だと思うんだけど」
「でも、かっぷけーきにたらこは合わないと思うよ」
「で、でも、かっぷけーきってご飯になるんですよ?
だったら、ごはんにあうたらこをつけても」
・・・あの時、受け取らなくて良かった。
過去の自分に賞賛を送っていると、一瞬だけ痛みが引いた。
あの女がいなくなったときに入ろうと機会を伺っていれば、不思議なことに気づいた。
あの女の名前が、どうしてか聞こえない。
なんでだ?
不思議に思うと、一瞬、高い誰かの声が聞こえた。
―私ってば、完璧だから――
顔は半分しか見えない。
はっとすれば、元通り保健室前。
白昼夢を見たようだ。
あれは、誰だ?一番大きい頭痛がした。
「う」
立っていられなくなって、片手で頭を抑え、座り込むと、保健室の扉が開いた。
あいつであるなと思っていたけれど、保健室に近づいて、不運が移ったようだ。
「誰?・・・三木エ門?やだ、どうしたの、いっさ先輩、三木エ門が倒れてる」
慌てて善法寺先輩を呼ぶ。
うるさい、やかましい。
なのに、どこかでさっきの画面がかぶる。
善法寺先輩の姿がちらりと見える。
二人が一緒にいる。
顔がゆがむ。
こいつがあの記憶の女であるはずがない!
「僕に触るな」
触ろうとする女の手を落とした。
睨みつけて、失敗する。
僕はすぐに背中を向けて、逃げた。
彼女がいて幸せな僕の邪魔をするあの女に現実を分からせただけなのに、
手は払いのけて僕を見たあの顔!!
「くっそ」
近くにあった柱を叩く。
頭はまだ痛かったけれど、それ以上に、胸が苦しい。
胸元の服をたぐり寄せ、眉に皺を寄せる。
これで良かった。
僕には冬華がいる。恋人がいるとしって、迫ってくるほうが間違えなんだ。
それを振る僕は誠実だ。
何も間違っていない。
なのに!
自由にならない心が震える。
「なんで」
あの女の顔が頭をしめる。
泣きたいのを我慢して、笑おうとしている顔だった。
なんであんな顔をするんだ。
悲しいのと、諦めたような表情。
あんな顔初めてみた。
彼女は僕を諦める。これできっと。
僕を諦めて、僕を追いかけないで他の誰かと、
三人のうち誰かが彼女の隣にいて、
僕じゃない誰かと。
ドクンと心臓がなった。
先程まで占めていた頭痛も、苦しさも馬鹿にならないほどの、腹から沸き上がる黒い重いもの。
「嫌だ」
じわりとこみ上げてくる熱い。
頭痛が酷い。
冬華に会わないと。
冬華に会えばこんな気持ちなくなる。
彼女は僕を愛してるし、僕以外を見はしない。
誰かに奪われるという心配はない。
僕だけを愛してる。完璧だ。
完璧な僕の彼女だ。
ズキリと痛む。
いや、違う。僕は完璧を望んでいたわけじゃない。
「早く、忘れないと」
ずるずると冬華へと足を運ぶ。
一体何を忘れないといけないのか、分からないまま僕は冬華の元へ行った。
冬華のところへ行くと、大層驚かれて、保健室に行かされた。
保健室には、善法寺先輩もあの女もいなかった。
ほっと息を吐くもの、二人を探す。
重病用の部屋を睨む。
あそこにいるんじゃ。
「三木、帰ろう?」
そのせいで、差し出された冬華の手に僕は少し反応が遅れた。
冬華が微笑んだ。
「忘れようよ。三木。忘れよう。そのほうが三木のためだもの」
ふわりと香る冬華の匂い。
抱きつかれて、言われれば、たしかにその通りと思って、
僕はすべて忘れることにした。
2012・3・25