「ねぇ、ちゃん」
「なに?いっさ先輩」
「うん。聞きたいことがあるんだけど、このごろ田村に会ってる?」
と、僕が聞けば彼女は、固まった。
よくよく見てみれば目に涙をうるうる溜めていて、
え、僕が泣かした?と慌てた。
目の前で落ち着きをとりもどしお茶を持っている彼女は、あの後
「泣いてなんかいない。わけでもないわけでもない」
と変ないい訳をしながら、ぼたぼたと大粒の涙を床に零した。
止めたのだが、ゴシゴシと力一杯目をこするものだから、
目は赤く腫れてしまって、痛ましい。
このところ、よく保健委員を利用するくのたまちゃん。
とっても頑張りやさんで、僕と同じくらいの頻度で怪我をするから、
なかなか人事に思えない子なんだ。
噂によればくのたま最後の最良にて最悪らしい。
最良とは、忍たまに毒をしかけたり色をしかけたりしない何もしない無害なことで、
最悪は、それすらも出来ないダメなくのいちらしい。
どっちが良かったのか僕にはよく分からないけれど。
ちゃんが、じーとお茶の表面を見て、チロリと舌を出して
お茶の温度を確かめている様は、とても胸が温かくなるので、
このままでいてほしいのが、今の僕の気持ちだ。
「いっさ先輩。聞いてる?」
「え、あー」
「聞いてなかったでしょう。まぁ、胸のバストがUPする薬をくれっていったんだけど」
「・・・・・・前も言ったけど、胸がでかいのだけが、いいってもんじゃないよ?」
「だけど、いっさ先輩、胸大きい方が好きでしょう」
「いやー、僕は」
「慰めなんていらない。胸大きいと肩こってしょうがないから、羨ましいとか、
走ったとき揺れなくて、さらししなくていいじゃんとか、
まったくもって、その通りですけど、私のこの腹と同化しつつある胸が、
羨ましいなら、そいでやるっていうんだ」
「そ、そぐのはちょっと」
「だって」
落ち着いたはずの涙が、また滲んで、今度はお茶に入った。
「だって、三木ヱ門も、胸の大きな女の子にぎゅっとされてちょっと赤くなってたし、
私がしたら、あ、ごめん。お腹当たった?って謝られて。
・・・・・・雹くらいあれば、私だって、くそぉ」
と、言ったので頭の中で、ちゃんの体に雹ちゃんの胸を想像して違和感が残った。
なんだろう。きっと小さい体で、お尻もないから、胸だけあると、変な感じ。
バランス悪いような。言うなら、ボッキュンキュン。
それと、腹と同じって男の子じゃないんだし、
それ以上は、とちゃんの胸を見てみた。
「うーん、腹よりもあるよ。このくらい」
とちょっとだけ両手でゆるい弧をつくると、
ちゃんはそのまま僕の手を、僕の胸もとに押し付けた。
「・・・・・・同じくらいじゃない?」
「あ、本当だ」
そういって、僕はしこたま殴られた。
でも、まったく痛くなかったことは、言わなかったことにしておこう。
彼女は精一杯だったから。
ようやくお茶を飲み終えた彼女は、最初の質問の答えを言った。
「三木ヱ門とは、このごろ会ってない」
「え、なんで?」
「会えないからだ」
「会えないって、なに?胸とお腹間違えられたのを気にしてるの?
それとも、女装して自分より綺麗で、ナンパもされている姿見て、
落ち込んだのまだ引きずってるの?それとも成績を」
「・・・・・・違う。けど、もうやめて」
と、うるっときて歪んだ顔をみて僕は口を閉ざすと、
彼女は、いまさら、きょろきょろ保健室を見渡し、ちょいちょいと僕を傍に
くるように促した。耳元で、小さな声で彼女は言う。
「ひ、秘密だから、絶対、ぜぇったぁい秘密」
の言葉にコクコク頷けば、彼女は、小さな声をもっと小さくして言った。
「ほ・・・しゅ・・・ほ・・・」
「え、何?」
「だ・・・か・・・ほ・・・しゅ・・」
「ごめん、聞き取れない」
「だから、補習の補習だってば!!」
耳元が、キンキンするほどの大きな声で言われた。
もはや、秘密じゃなくなっているかもしれない。
補習の補習を言って、顔を赤らめむくれている彼女に、
僕は頭の中で彼女の言葉を繰り返した。
「ああ、おめでとう!!」
「うん、ありがとう。って、違う」
「え、だって、前は補習の補習の補習の補習してたじゃない。
減ったねぇ」
「うん、そうなんだ。私頑張った」
「うん、良い子良い子」
と頭を撫でれば、嬉しそうにはにかんでいる。
本当には、最後の最良で最悪であろう。
素直でその真っ直ぐが可愛くて時々ちょっとだけ忘れてしまうことがある。
「で、それがなんで会えないの?」
「だって、三木ヱ門って、補習したことないんだよ?
補習の補習ってばれたら、別れちゃうかも知れないし、
こんな女が恋人だなんて三木ヱ門、恥ずかしくて言えないかも」
それはない。断言できる。
だって、彼僕のところに来て最初の言葉が、
は僕の彼女です。だよ。
その後が、たしかノロケだったかな。
そして、こんな可愛い完璧な彼女羨ましいでしょう?
あげませんけど。だったかな。いい度胸してるよね。
一回クスリ盛ってやろうかと思ったけど、
その前にお腹壊して、本人よりも顔が青い彼女みて止めたんだよね。
「前は補習の補習の補習の補習だったから、前よりはよくなったんだけどさ、
それ褒めてって、前の酷さを言わなくちゃダメだし。
それと、会っちゃうとパーってなる」
「ぱー?」
「全部三木ヱ門だけになって他全部忘れちゃう」
うわぁ、凄いノロケだ。これ田村聞いてなくて良かった。
すっごい悔しいし。
「だから、全部終わったら自分のご褒美に三木ヱ門に抱きつくんだ」
と満面の笑顔を浮かべる彼女は、まさに最良で最悪。
僕が好きになったのは、好きな人をすっごく好きな君だった。
これって絶対報われない。
だけど、悔しいから、会えない避けられてるって勘違いしている田村に
本当のことなんて言ってやんない。
2010・1・23