自分の好きなところってなに?と、聞かれたなら、
昔の私は、夜が明けても話尽くせた。
じゃぁ、今の私は?


チュンチュンと雀が鳴いている。だるい体を起こした。
朝だから起きた。それと同じくらいの習慣で、鏡を見る。
いつもなら、ちょっとここが昨日より可愛いといって元気づけるものも、
今日ばかりはどうしようもないお手上げと、鏡が曇ってみえる。
それはそうだ。
鏡に写る私の姿は惨めそのもので、まぶたが赤くなって、腫れている。

「ブサイク」

口に出せば、そもそも私は綺麗じゃないと鏡から目を背けた。
服を着て、早くご飯食べなくちゃと頭は思ってる。
顔ひどいから、冷水当ててとも思ってる。
あ、今日は小テストあったとも思ってる。
これからする計画はすべて頭の中に出来上がってるのに、
体が言うことを聞かず、服は半端に脱ぎかけで、
髪だって、ぼさぼさのまま手は櫛を取ることを拒否している。

なんで、こんなふうになってるんだろう?
私は完璧になるために頑張ってたはずだ。
あれ?
でも、それって、自分のためだっけ?
ぼうっとする頭には、すべての答えは出てこない。
ただ一つ重要な映像だけが浮かんでくる。
茶色の髪の、私はサラスト二位滝くんよりも、一位の立花先輩よりも、
綺麗だと思う人が、背中を向けていて、その横には、
私のこんなぼさぼさな髪じゃない、サラサラとした美しい髪の毛。
二つは調和していて、もともとそうであったかのようで、
そこに私は必要が無くなってしまって、・・・あれ?なんでだっけ?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ、そっか。
私は、三木エ門に捨てられたんだ。

――――――捨てられたんだっけ。

私の体は、弱いらしい。
たった一行の言葉に、ノックダウンして、天井が見えた。

私の赤い目から涙は溢れない。だって、凄く凄く泣いたから。
そう、昨日、二人の三木エ門以外の人の胸で泣いた。
怪我を治してくれるいっさ先輩と、練習を教えてくれる文ちゃん先輩。
どちらも優しい人だから、私に胸を貸してくれた。
二人に言われた言葉を考えようとしたけど、
頭は痛いし、口の中は苦いし、胸が苦しい。
恋では死なないというけれど、じゃぁどうして、こんなに胸が苦しんだろう?
心臓が大きくなったり小さくなったり、たくさん動いて、
私のこれからの未来の分まで動きすぎて、腐ってきているんじゃないかな?
問題だって、修行だって、例外はどこにでもあるから、
恋では死なないという例外を破って、私は死ぬんじゃないかなって思ってる。

それくらい三木エ門が好きだ。
どうしようもなく好きだ。

真っ向正面から、別れてくれって言われたら、
「嫌だ」って言う自信はあった。
私と三木エ門は、見合わない二人だから、
そういう想像はなんどもして、夢でもなんども見た。
でも、私は何十も何百も同じ言葉を言った。
みすぼらしく、足に縋って、嫌だって言ってた。
誰か好きな人出来たの?だれ?って、しつこく言ってた。
その質問すら出来ないだって、誰か分かってる。
お似合いだって分かってる。

「三木エ門・・・好き」

天井に言う言葉は虚しく、誰も拾っちゃくれない。
天女さんの美しく、涙をのせた笑みを思い出す。
敵わない。私の言葉は、彼女に敵わない。
私は昨日、凄く泣いた。だから、もう泣くはずはない。泣けるはずない。
唇をかみしめた。柔らかい感触が歯に当たる。

「雨漏り治してもらわなくちゃ」

布団に落ちている水滴が段々、大きくなってきたからそんなことを言った。

そんな私の悲しみは、3日も続かなかった。
人って不思議。
恋に破れても、トイレいくし、お腹はすく。
生命本能のほうが強い。やっぱり、恋で人は死なない。
いや、そもそも考えてみれば、
私まだ振られてないし、まだ彼女じゃん。に行き着いた。

「あ、ちゃん」
「いっさ先輩」
もういいのか?」
「文ちゃん先輩。人はお腹すくんですよ?今日のA定食ってなんですか?」

まだ人が賑わう食堂には、6年生がいっぱいいて、
私に気づいた二人が、場所を開けてくれた。
私は笑えるようになった。
目だって赤くないし、髪だってぼさぼさじゃない。
まだ彼女の私は、これからを考える。そのための食事だ。
腹が減っては戦はできぬ。いい名言を昔の人は残してくれた。
ガツガツとカツを食べて、口をもぐもぐ言わす。
えーと、これから、三木エ門にあって、別れたくないって言って、
それからどうなるかは分からないけど、
当たって砕けろ精神はまだまだ私の中にある。
だって、昔は、自分を完璧だと思っていて、敵の忍びは
私に、惚れるから大丈夫と、敵陣地に、突っ込んでいく私だったんだ。
だから、大丈夫。そう思ってたのに。
私の顔に影が出来た。懐かしい匂いに、顔をあげた。

「潮江先輩。食事中、すみません委員会のことで」

目の前に、三木エ門がいた。
赤紫の服に、火薬の匂い。
茶色ややくせ毛の髪に、赤みのかかったつり目。
ちょっと高い声。本物の彼だ。
思い描いていた彼よりも、身長が高いように思える。
もしかして、私とあってない間に、成長期?
なんてくだらないことを思わなければ、茶碗を落としているだろう。
現にカツはちょっと小刻みに揺れていて、口に入りにくい。
さっきまで美味しかったソースの味が消えていた。

話は終わって、ではとお辞儀をして帰る彼に

「あ」

と声が出た。
引き止める声にもなっていないのに、彼は止まった。
久しぶりに彼の瞳に私が写った。瞳の中の私は、鏡の私と同じ。

ブサイク。

「なにか?」
「・・・・・・ごめんなさい」

私の謝罪に彼はまた背を向けた。
ばか、私。なんで?あんなになんども練習してきたのに!!
別れたくないも、好きだとも、
でも、実際は、口にすることが出来ないで、ごめんなさい?
なんで私が謝るの?私。
言えなかったのは、みっともないからじゃない。
もうとっくにみっともない。
昔の私なら、完璧な私だぞ?私がいながら他とかありえない。好きだ!!
と言えてしまえただろう。
そう思うと、ちょっと前の自分に戻りたくもあるけど。
いや、三木エ門の状態は、昔の私への嫌悪の視線よりもたちが悪い。
彼は私に、なんの興味もいだいていなかった。

ははっは。笑いがこみ上げる。
でも止めとく。二人の視線が刺さってるから、
私は、顔を見られたくなくて、机に突っ伏した。

なぁんだ。そういうことか。
もう、三木エ門、私のこと忘れちゃってるのか。
ちゃんと振ることも、別れることも忘れちゃうのか。
それほど、今の人のぞっこんLoveってことだね。
あはははは。
じゃぁ、私のときはぞっこんLoveじゃなかったんだ。
あはははは。
そうだよね。最初から私ばっかり好きだって言ってた。
三木エ門は私の二割ぐらいしか私を好きじゃなかったってことだね。
あはははっは。
いっさ先輩と文ちゃん先輩が私の横から、何か言っていたけど。
私は起き上がって、隠さずに、笑った。

「だっぁいじょうぶですよ。なんの問題もありません。
私は、もっと完璧になるんですから、
これからもご指南よろしくお願いしますね!!」


ねぇ、でも、私。
私は、一体なんのために完璧になろうとしてたんだっけ?

そんな問いかけを私にされて、私は頭を傾けて答えた。

「そんなの忘れちゃったよ」と。







2010・11・29