ポロポロと無表情に涙を流す少女に、
俺の中で何かがプツリと切れた。
少女は、ダメくのたまとして有名な だった。
あまりにも酷い訓練姿に、ちょっと手を貸してやったら、
行動を共にすることが多くなった。
本当ってダメだよなという奴らに、怒り、鉄槌を加えるほどには
気に入っている。それは、の容姿からではなく、中身だ。
彼女は自分よりも強い。
強くて、しぶとくて、まっすぐだ。
コケてもコケても立ち上がる姿は、痛々しいが、彼女の姿は輝いて見えた。
顔に怪我をして、騒ぐものの、
でも、頑張って、ちょっと完璧になったら、三木ヱ門に、
ぎゅーって抱きしめてもらうんだ。だからこの怪我も勲章だよね
と、開き直っている姿に、なんでか、胸が苦しかった。
三木ヱ門というのは、の恋人だった。
俺からしてみると、賢いし、容姿もいいし、気も回せるし、
同委員長として、誇らしい後輩だった。
そんな二人は、強烈に愛し合っていて、仲良く手を繋いでいる姿は、
俺の目から見てもお似合いの二人だった。
しかし、自体は急変した。
変わったのは、誰からだろうか。
三木ヱ門からだろう。
天女と呼ばれる不審人物・冬華。
そいつは、三木ヱ門を運命の相手といい、三木ヱ門にへばりついた。
三木ヱ門もまんざらではなさそうだったが、
その頃は、まだ三木ヱ門はが好きだった。
でも、それに焦ったは、もっともっとあの子よりも、と頑張り始めた。
あの子は、綺麗で可愛くて、賢いの、盗られちゃう。負けちゃうと言うけれど、
俺からしてみれば、どっちが勝者かなんて、決まってだった。
でも、彼女は、俺の言葉じゃなくて、
三木ヱ門の言葉を待っているのだから意味はない。
だから、俺は、頑張ると力を貸して欲しいと言う彼女に力を貸すだけだった。
前よりも一緒の時間が増えて、歓喜した俺は周りが見えなかった。
それまでは、不審人物に注意していたのに、
忘れてしまった間、何が起こったのか分からないが、
ようやく、平均になったのだと笑うが、
ずっとそれを望んでいたのに、叶った途端、夢であれと絶望し、
静かに、泣いた。
俺が動くのは、それだけで十分だ。
俺は三木ヱ門の所へ行くと、三木ヱ門は、あの女と共にいた。
俺の殺気に気づくと、女を守るように前に出る。
その姿にまたイラついて殺気が増える。
「なん御用ですか?」
「なんのだと、お前、今、自分がなにをしているのか分かっているのか?
その女に変な術でもかけられているんじゃないか?」
平穏を努めようと、声の量を抑えたが、怒りで、声が震えた。
三木ヱ門は、ピクリと眉毛をあげ、俺の言葉に不快を表した。
「変な女なんて言わないでください。彼女は、僕の恋人です」
「・・・お前、はいいのか。あんなに愛していたじゃないか!!」
とうとう大声をあげた俺に、後ろの女がキャッと叫んだ。
それに、三木ヱ門は、一瞬目を向けたが、すぐにキッと俺を睨む。
「?誰ですか僕の恋人は、最初から最後まで冬華だけですよ?」
三木ヱ門の言葉に、おかしさを感じて、俺の殺気が緩んだ。
「お前、何をされた?」
「何もされてませんよ。
ただ僕の恋人の名前が変わって、顔が変わっただけですよ。
だって、彼女は、僕だけを愛してくれる。
だから、僕の愛しい人だ。誰にも触れさせない」
胸に手を入れている三木ヱ門は戦闘態勢だけれど、
俺は三木ヱ門の言葉に、ごちゃごちゃと思考が絡んで、
突っ立ていることしかできない。
「引け。文次郎」
その声でようやく、呪縛がとけたかのように、俺は動き始めた。
三木ヱ門がおかしい。
が恋人なのに、あの女が最初から恋人だと?
訳が分からない俺は、声をかけた仙蔵に、尋ねる。
「あれは、どういうことだ?仙蔵。術か?」
「いいや、違う。あの女は、普通の女だ。
問題は、田村の方にある」
「三木ヱ門に?」
「高くて手に入らない忍具があったとする。お前はその金を持っていない。
諦めようとしたそのとき手頃な価格で、あまり性質の変わらないものがあったなら、
どうする?買うだろう?」
「・・・・・つまり、入れ替えたってことか?」
「そういうことだ。愛は盲目というけれど、まさかここまで至るとは。
だが、今の田村は、幸せだ。求めていたものが手に入っているんだから。
むしろ、問題は、を慰めるという行動をしていないお前だ!!
伊作に盗られるぞ」
腕を組み、トントンと、指で腕を叩く。
それは、仙蔵が苛立っているときの仕草だった。
「伊作に?」
急に振られた内容に、頭がついていかないが、
たださえ、今起こっていることを整理できていないのに。
仙蔵はそんなこと知らないとばかりに話を進めていく。
「伊作は、が好きだからな、あの男は、やるときはやる。
今がビックチャンスなのに、なにのこのここんな所にいる。
さっさとを慰めろ!!」
「待て、話がおかしいぞ」
「おかしくない。お前はが好きなんだろう?
今、の恋人になれるチャンスではないか」
そう吠える仙蔵の言葉、態度に、
俺は長年一緒にいる仙蔵にある疑惑を抱いた。
「仙蔵、おまえ、何かしたか?」
「何もしていない」
「・・・・・・言え」
「何もしていないと言っているだろう?
しつこい。ただ私は親切に忠告をしているだけだ。
いいか、お前が動かなければ、伊作が恋人になる。それだけだ!!」
「待て、仙蔵」
消えてしまった仙蔵を追う気力が残っていなくて、
声だけがむなしく響いた。
「くそっ、どうしろっていうんだ」
思考は、ぐるぐると渦を巻いている。
おかしな三木ヱ門。おかしな仙蔵。不審人物な女。伊作が奪う。
ぐるぐるぐるっと一周して、俺の頭に浮かんだのは。
「」
二つ下の泣いていた少女だった。
の部屋は訓練に疲れて連れてきたから知っている。
罠のない場所を通り、彼女の部屋にいくと、
丸くなった布団があった。そこから、くぐもった声で泣き声が聞こえる。
「」
たまらず俺は声をかけた。
「も、文ちゃん先輩?」
「泣いているのか?」
「ち、ちがうひっく、もん」
「不甲斐ないな。
俺はこんなとき、伊作みたく気の利いた台詞一つ言えない」
「も、文ちゃん先輩はぁ、はっくぅ、それでひっく、いいよ」
は、ピョコと、布団から顔を出して、
自分のほうがボロボロな癖に、落ち込んでいる俺に
へにょっと鼻水と涙だらけブサイクな笑顔をみせた。
もう、駄目だった。気づかない振りをしてきたけれど。
「今だけ、俺を、三木ヱ門だって思えよ」
そういって、俺はを強く抱きしめた。
腕の中で、は最初驚いて、じたばたしていたけれど、
静かになって、それから恐る恐る俺の後ろに手を回した。
それに、体中が歓喜で震えて、力がこもる。
そうだ。気づいていた。
仙蔵に好きなんだろうと言われるまでもなく、好きだった。
だけど、後輩の恋人で、幸せそうな姿に、
思いを告げれるわけもなく、いい先輩、頼れる先輩でいた。
俺は、側にいれるなら、沈黙を選んだ。
墓場までその思いを持っていくつもりだった。
でも、
一人で泣かないで欲しい。
本音を言えば、三木ヱ門のことで泣かないで欲しい。
だって、俺は、なによりもが愛しかった。
ただ愛しかった。
2010・10・11