文次郎の腕の中で泣いているちゃん。
傷つけた奴を殺したくなるけど、文次郎とか邪魔すぎるけど、
何よりもチャンスだと僕は思った。
いつも不運な僕だけど、今度ばかりはラッキーだ。
だって、僕は、ちゃんが好きだ。
でもこの恋心は、叶うことがないって分かっていた。
僕がちゃんが好きになったときには、
ちゃんは、田村と付き合っていて、
今の私があるのは、三木ヱ門のおかげ!!と豪語するから、
僕が好きになったのは、田村に恋したちゃんだった。
恋心まで不運じゃなくてもいいんじゃないかなって苦笑するけど、
傷だらけの体に、ゴミ箱に投げ捨てたくしゃくしゃの飾ることのない笑顔で、
「今日はね、あんな高いとこまで登れたよ。いっさ先輩」
なんて、母親に報告する子供のように
一生懸命な身振り手振りで、一日のことを話すものだから、
僕は、ちゃんが好きだけど、
いつしか妹のような気持ちを抱けるかもしれないと思っていた。
けど。
感情豊かで表情豊かな彼女が、無表情な顔で、ポロポロと涙を流した。
風の噂で、田村が、
天女?いいや、どうみても不審人物な女に惚れたらしい。
僕は、嘘だと思った。
田村は、ちゃんを好きすぎる。
両思いのくせに、熱烈片思いのノリで彼女に近づく男全てを牽制してたから。
なんでそうなったかは分からないけど、結果、彼女は泣いている。
これって、つまり僕にちゃんを諦めるなという神様の思し召しなんだろう。
諦めるって選択肢を捨てて、
ちゃんを得れるかもしれないという最初にして最後の機会を貰った。
だから、邪魔者には速攻どいていただこう。
離さないとばかりに抱きしめている文次郎に、
僕は、ちゃんを離させる理由を口にする。
「ちゃんの膝から血が出てる。治療するから文次郎、離れて」
文次郎は、ちゃんが怪我をしていることを知っていたようだけど、
離れがたいと、腕に入れる力を強めた後、
壊れ物のように腕からちゃんを離した。
それから、僕が、包帯を持って彼女に近づくと、
文次郎は、すっと立ち上がり、凄い形相で、どこかへ消えていった。
文次郎は、ちゃんが、初恋なんだろう。
周りが見えてない。思いに振り回されている。
多分、田村に文句でもいいにいくんじゃないかな。
馬鹿だなぁ。今がチャンスじゃないか。
それに、僕なら、ここで彼女を一人にしないよ。
彼女のことを虎視眈々と狙っている男のもとに彼女を一人にはしない。
大粒の涙を流しつづけるちゃんの膝に包帯を巻いて、
「はい、大丈夫?」
と、聞けば。
「・・・・・・・大丈夫じゃない」
と、ふらりと、そのままどこかへ行こうとするちゃんを、
今度は僕の腕の中に閉じ込める。
ちゃんは柔らかな体で、血と汗とちゃんの匂いがした。
「離して、大丈夫じゃないから、今から寝るの。寝て」
「寝て、どうするの?泣くの?閉じこもるの?忘れるの?
君と田村の仲はそれぐらいで崩れちゃうの?」
言葉で、彼女の心を揺さぶる。彼女は、僕をみた。
頬を赤く染め、涙をためて、どこか苦痛に耐えるその表情にゾクゾクする。
涙を舐めてみたい、このままどこか連れ去らいたいとも思いもする。
しょうがない。
僕は、思春期な男の子で、泣いている好きな子を抱きしめているんだから。
チャンスだと思っている僕は、文次郎とは違う。
愛し方が違う。怒りよりも、悲しいよりも、彼女が欲しいと思う。
体中全てが、彼女を欲していた。
だって、と凄く小さく呟いた彼女の声も、僕には耳元で囁かれたように聞こえる。
「だって、私知ってたもの」
「なにを?」
「いつか捨てられるって。知ってたもの」
「どうして?」
「三木ヱ門は、完璧で素敵な男の子で、優しい。
私が恋人でも、狙っている子多いし、つりあってないって言われてたし、
そうだよ。私が、無理やり押しかけて、好きになってもらったの」
「じゃぁ、君はどうするの?」
「どうするって」
「あの子は、君の目にどううつるの?」
「あの子は・・・・・・・あの子は、私の目から見ても、お似合いだ。
つりあえてる。あの子がいれば、三木ヱ門を奪おうなんて誰も思わない。
綺麗で可愛いし、手入れだって行き届いてるし、ボンキュッボンだ。
性格はよく分からないけど、三木ヱ門が好きだって言ったんなら、
性格だって悪くない。
事務員の仕事も小松田さんよりも出来るって、頭の出来もいいって聞いた」
「じゃぁ、田村と君はどうするの?」
「どうするって?」
「君たちはまだ恋人だろう?現段階、二股なわけだけど、君はどうする?
殴る?泣く?殺す?それとも・・・」
「それとも?」
「それとも僕にしとく?」
押し問答の解答が続き、僕は、僕の気持ちを口にした。
ちゃんの体が少し震えて、目が見開かれてる。
僕は、彼女が安心するだろう笑みを浮かべて、優しく髪を撫でる。
それから、毒を徐々に染み込ますように、言葉を口にした。
「だって、悔しいでしょう?
ちゃんはすっごく、頑張ったんだよ。
君を知っている僕だって悔しい。
田村はそれを知りもしないで、他の女に現をぬかしてる。
だったら、ちゃんだって、仕返しをしてやればいいんだ。
それに、僕を使ってもいいんだよ?」
と、彼女に選択を与えて、腕を離した。
もうすでに色々なことでパンク寸前の彼女に、
すぐに、答えを求めず、
「答えは、ゆっくりでいいからね。じゃあ、寝るんなら、送っていくよ」
と、最後にはいいお兄さんの顔。
彼女は、僕に差し出された手を一回見て、手に手を重ねた。
彼女の美点である素直さは素晴らしい。
疑いもなく、狼と手を繋いでいるんだから。
2010・10・7