最初、彼女を見たときに、なんて小生意気な女だろうと思った。
小平太に好きだ。愛してる。と言われるたびに、
嫌そうな顔して、馬鹿ですか?と言う女に
どこがいいのか一回小平太に聞いたことがあった。
あいつは、一年のころ集めていた、
蝉の抜け殻を見せてくれた時と同じ顔をして、
は、強いんだ。女じゃないんだ。と、言った。
その言葉に、どこに魅力があるのかいささか不明瞭で、
俺は、ふーんと、返すだけだったけれど、
今の俺は小平太の言葉に頷くことができる。
俺達の前から姿を消して、「さようなら」を言った一つ年下の
少女は、今まで出会った誰よりも強くあった。
それは、肉体的に強さを言うんじゃない。精神的な強さだ。
彼女自身は、素直さを隠した意固地だというけれど、
そうじゃない。は、意固地さがなくて自身であっても、強くあった。
だからこそ、小平太は、に執着し、狂ったんだ。


嵐が通り過ぎた保健室は、ボロボロで、前を通る人が驚いた顔をしている。
伊作は、静かに、包帯を俺の頭に巻いていた。
シュルシュルと包帯を巻く音だけが、ボロボロの保健室で響いていて。
チョキンとハサミで、切る音は、と俺らの縁が切れてしまったような音で、
もう二度と会えないのかと一瞬思ったが、すぐに考えを改める。

「聞いた?留さん」

疑問詞で聞きながら、肯定を促している伊作の言葉に、頷く。

「・・・・・・あぁ」

「助けられちゃった。・・・僕ら弱いね」

そうだ。俺たちは弱い。が止めなければ、俺達は死んでいた。
さすがは、は組とろ組との差、暴君と一般人との差。
ギリリと、拳を握り締める。
そんな俺を一瞥した伊作は、いつもなら傷になるからやめろというけれど、
今回は何も言わずに、壊れた襖から見える空を見ていた。

「強くならなくちゃ。小平太よりも、より」

伊作は、前を向いていた。

「それで、ちゃんと迎えに行かなくちゃね」

と、言って笑った。
俺の中で、揺れ動いていた感情は、伊作の言葉で
揺れ動くこと無い確固たる意志になった。
は、俺に、『もう来ないでください』と、俺だけに分かる矢羽音で言った。
『事の発端は、私のせいですから。責任は取ります。
一緒にいられて、凄く幸せでした。私は、これでもう満足なんです。
さようなら、愛しい人』と、俺に言った。

だけど、。今のお前は、俺達のために、意固地な女になったんだ。
素直になれなくて、泣くことも出来ない人生を、送らせたくないし、
小平太に捕まって、自由を失うのも、
また、小平太を愛してしまうこともどっちも許せそうにない。
なにより、俺は、お前と一緒にいたい。
お前と、共に泣き、共に怒り、共に笑いあいたい。
十分だなんていうなよ、まだこれからじゃないか。
俺は、すくっと立ち上がって、伊作を見た。
伊作も俺をみた。6年間一緒に居続けた友人は、
俺の姿に、ふっと笑う。

「絶対だ。絶対、一人になんてさせるか」

「うん。絶対。それで、あの馬鹿を小突いて、元に戻さなくちゃね」

俺達は、拳をたたき合って、今、誓いを立てた。
小平太よりも強くなって、よりも強くなって、
誰よりも何よりも大好きな君に会いに行こうと。









今日も戦場は、曇り空です。
私は、あれから、なかなかに名を馳せたましたくノ一になりました。
今回の任務のため、崖の上に立っていましたら、
見知った気配に、はぁとため息を吐きます。
あの後の小平太のしつこさに辟易してしまいます。
小平太は、忍たまの時代と同じように、暴君と知られ、私同様に、
名の知れた忍者となりました。
捕まえてみなさいの発言から、互いを、切磋琢磨した結果でしょうか。
そうだったら、滑稽ですね。嫌になります。
と名前の一文字が聞こえる前に、

「失せろ。犬」

と言って、私は消えます。肉弾戦ではかないっこないのですが、
唯一、気配を探ることと、逃げ足と、幻覚だけは得意なので、
幻覚によって創りだされた、私を相手している前に、
私は戦場を駆けて、当初の目的である巻物を取り、
そのまま、その場から退散しました。
任務終了といいながら、疲労感が私を襲います。
今日のように、任務途中で彼に出くわすことが少なく、
どっちともするのに、最初は苦労したものですが、
命がかかっていると人は火事場の馬鹿力を発揮するのでしょう。
どうにかなっています。

依頼主に、巻物を渡せば終わりな任務は、渡す場所が、お団子屋さん
だったので、一般人の格好をして、街の中で歩いていたのです。
私は、そろそろ小平太の幻覚のかかり具合が弱くなっている。
特訓しなければと思っていたときでした。
油断していたと言えばいいのでしょうか。疲れていたといえばいいのでしょうか。

「駄目だよ。大切なものは、ちゃあんと持ってなくちゃね」

「え」

言われて、懐を見れば、巻物はなくなっていて、
目の前の僧の恰好をしている男が持っています。
敵?と、クナイをそのまま投げようとすると、
手首を持たれて、ひねられてクナイを落としてしまいました。
背後には、彼の仲間らしき男がいました。いつの間にいたのでしょう。
小平太にだけ、敏感だったのがいけないのでしょうか。
いえ、普通の忍びでも、私の気配を探ることは長けていたはずです。
最後の最後で、敵に捕まってしまうなんて。

これからされる最悪を思いましたが、小平太に捕まるよりは、
ましかもしれないと思いました。
ただ、ここで、舌を噛み切ればいいのです。
死を覚悟した私は、ふっと頭に誰かがよぎりました。
私が、一番幸せだった時をくれた彼等。
私は、幸せであれたのです。彼等も幸せであれたでしょうか?
そうならば嬉しいです。後悔はないです。
でも、
・・・・いや、だけど、
本当は、もうちょっとだけ、ほんの少しだけ、一緒にいたかったです。


勢い良く、歯で舌を噛み切ろうとすれば、

「あぶね」

誰か違うゴツゴツした指を噛みました。
自害失敗と、思うよりも先に、聞き覚えのある声。
私が、最後に素直になったから、神様が、幻聴を与えてくださったのでしょうか。

「ちょっと、僕らのこと覚えてないの?この馬鹿!!」

口の中に、血の味がして、まずいが体中に広がって、
善法寺 伊作をちょっと大人にしたような人物が立っていました。
とうとう幻覚まで、と思いましたが、私は幻覚使いなので、これが幻覚か
どうかなんて分かって、歯から力を抜き、すぐさま後ろを見ました。
その前に、ぎゅっと抱きしめられて。

「ようやく、捕まえた」

そう、彼は言いました。

「言っただろう?絶対に離れないって」

私の記憶よりも、ちょっと大人っぽくなった彼。
もう、来ないで下さいと言ってから、さようならを言ってから、
学園にいたときは、一度も会いにくることも、捕まえることもなかった彼等。
私を諦めてくれたんだと、死ぬのは嫌ですものねと、うそぶいて、
とても悲しかった。だけど、もう泣けない私は、前を向いて、踏ん張ってきたです。

「捕まえたんだから、お前は俺のものだろう?」

からりと笑う彼の顔には、身知らず傷がありました。
手だって、前よりもタコが増えて、傷だらけで、もっと硬くなっています。
私は、もしかしての可能性に、

「阿呆です、あなたは、阿呆です」

「うん、だけど、は、阿呆な俺が好きだろう」

とうとう涙が堪えなくて、久しぶりに流れた涙はあたたくて、
飛びついた場所もあたたくて、もっと流れの勢いが増しました。






伊作は、持っていた錫杖の、頭部の輪の形をした遊環を、
シャラと鳴らしてそこから抱き合っている二人に襲いかかりそうな小平太を止めた。

「小平太。僕らの勝ちだ」

「・・・・・・伊作」

小平太は、学園を卒業したときに、二人が自分にいった言葉を思い出した。
と、君の追いかけっこに僕らも参加するからと。
だって、君だけに言ったわけじゃない。あそこにいた誰も参加できるでしょうと。
伊作は、小平太に学園の優男と言われた笑みをそのままによこした。
この笑みの時は、危険信号だと、伊作を知っている小平太は知っていた。

「君より先にを捕まえられたら、僕らの勝ち。
僕らよりも先にを捕まえられたら、君の勝ち。
勝敗が決まれば、何もせずに、素直に明け渡すこと。
これが、僕らの間の制約だよね。結果、君の負け」

そんなことしったことかと暴れたいが、証文までとられている。
伊作の口八丁手八丁に乗ったのと、正直。

「僕らが負けると思ってたでしょう?本当に、残念だね」

そう。彼等に自分は負けないし、彼等ではは捕まえられないと思っていた。
しかし、今、結果は。

幸せそうなと留三郎。私は、あそこにいたかった。
手を伸ばしたけれど、錫杖に邪魔されていたのと、
長い間の追いかけっこで、小平太は正常を取り戻していた。
小平太は、
が、自分をもう好きじゃないこと知っていた。
が、悔しいけど、留三郎を好きだったことを知っていた。
でも、が変わったように、変われると思ったのだ。
また自分を愛してくれると思ったのだ。
が、結局は、ダメだった。
泣いているの姿に、そういえば、私たちが付き合っているとき
は絶対泣かなかったなと、
なんだ最初から、私たちは、互いを認め合っていなかった。
行き着いた結論に、ようやく、すっきりした気持ちで、小平太は、

「帰る」

と言って、三人から背中を向けた。
それから、小さな声で、「お幸せに」と、呟いた。
小平太は、ようやく、愛する人の幸せを望めた。











その後、感動の再会ではなく、感動の捕獲から、
団子屋で、時を取り戻すかのように話をしていた三人。
は、そういえばと話を切り出した。

「よく、私を見つけれましたね。そして、気配も探らせないなんて、
修行を積んだのですが、私もまだまだということですね」

自分への叱咤と、彼等への素直な称賛の眼差しに、
最初に折れたのは留三郎だった。

「あー、あれな」

と、ちらりと伊作を見れば、ニコニコしながら、に尋ねる。

「君、コーちゃんミニ持ってるでしょう?」

「え、ええ」

これがどうしましたか?とは懐から昔貰って、何度も捨てたのに、
戻ってくるコーちゃんミニを出した。
ちなみに、くノ一となってからも捨てたが帰ってきて、
刀が致命傷に当たったときも、何で出来ているか分からない強固な
体もとい、骨で、を助けてきている。
そのようなことがあれば、愛着がわき、
今では、ちゃんと持ったか確認するようになったけれど。

「今回の任務先は、僕の知り合いでね。
ちょうど、君に任務頼みたかったらしいから、
内容を教えてもらって、君の行動を狭めてもらって、
そんで計画を立てて、最終的に、気配を消せさせたのは、コーちゃんミニさ」

と、伊作がコーちゃんミニを指さした。

「!!?」

は、あまりの内容に、口が塞がらず、伊作の交友関係や、
教えてもらったり、狭めさせたり、どんな力関係かも、
気になったが、最後のコーちゃんミニの存在が大きすぎて、
頭がついていかない。

「実際、俺らがいくら鍛錬したところで、ぐんぐんお前ら伸びていくし、
こんな早く、出し抜くのは無理だろう。
だけど、このままだと小平太に捕まるか、が、おばーさんになっちまう」

「卑怯技上等!!こんなこともあるかと思って、渡しといて良かった。
ちゃんと持ってろっていうことを素直に聞いてくれて良かったよ」

「まぁ、結果よければ全て良しだ。また一緒になれた」

嬉しそうに目を狭める留三郎と伊作に、ほわっと胸の内があたたくなった
が、

「い、いや、今流されかけましたけど、こ、これは一体何なんですか?」

は、コーちゃんミニを指さしながら、
その存在が何であるかの長年の悩みと、
今回知った能力と、まだまだありそうな能力の存在に、恐れを抱いたが、

「えー?」

「なー?」

と、元持ち主の伊作と多分何であるか知っている留三郎は顔をあわせて、
笑っていた。
コーちゃんミニが何者かはともかく、彼等はようやく幸せになれた。
今回のお礼を言ってくると、どこかに伊作がいなくなり、
留三郎とは、二人っきりになった。
久しぶりのことに、はどうしていいのか分からず、
挙動不審な素振りをみせた。
変に思われていないかと、留三郎をちらりと見れば、
留三郎も同様に、そわそわしていた。

「あ、あのよ」

「は、はい?」

「手、握ってもいいか?」

捕まえたときには、ぎゅうぎゅうと遠慮なしに抱きしめられたというのに、
今更な行動に、なんだかは安心して、それから質の悪い笑みを浮かべた。

「だめですよ」

「そ、そりゃないだろう」

「あら、知りませんでしたか?留三郎。私は、意固地ですから」

そういって、は、留三郎の前よりもっと硬くなった手を自分から繋ぎ。

「だから、私、留三郎のこと大大大好きですよ」

と、唇が触れるだけの口づけを交わした。

「・・・・・・・なんだそりゃ」

と、言いながらも留三郎は、の耳が赤いのに気づいて、
嬉しそうに笑って。

「俺は、素直だから。俺も、大大大大好きだ」

そういい、今度は、留三郎が、二人がもう二度と、
離れることのないような口づけを交わした。











【終わり】
2010・9・20