目の前にいる野獣は、暴君です。
暴れて、みんな壊れてしまいます。
留三郎も、伊作も。彼自身も。
私はなんにもできずに、座っているだけでしょうか?
座って、傷ついて、大切な人が壊れていく。
・・・・・・そんなの、
そんなの耐えれるはずが、ないのです。
「おすわり」
私の声帯が震えて、言葉が生まれました。
一瞬、自分が何を言ったのか、理解が出来なかったのですが、
小平太は、伊作に突っ込む前に止まりました。
私は、震えていた足が、手が、体全身が、今は、落ち着いています。
「おすわりと言ったのですよ。躾がなっていない犬は、嫌いですよ」
涙は跡となって存在するだけです。
こちらをゆっくり見る小平太は、母親を求めている子供のような顔をしていました。
そうですね。あなたがそう望むなら、私はそうでありましょう。
最初からそうすれば良かったのです。
そうすれば、誰も傷つかずにすんだのです。
「?」
「あなたには、私が誰に見えているのですか?
眼球を抉って取り替えてあげましょうか?」
「その毒舌、まさに。でも泣いていた」
小平太の目には疑惑と安堵と期待が映っていました。
私はその全てに嘲笑して。
「泣いていた?
はん。あんな演技に誤魔化されるようでは、立派な忍者は無理ですね。
善法寺伊作。あなたも私の像を勝手に作らないでください。
私は赤子じゃないから、立派に足を持っていますので、
泣きませんよ。誰にも救いなんて求めません。悲しい?辛い?
それを感じないことが、立派なくノ一になれるのです」
そうですね。私は昔こうでありました。
泣くなんて嫌だったんです。
誰かに頼るなんてまっぴらゴメンだったのです。
なのに、私の本当を引き出して、素直にして、理解してくれました。
私の辛辣な言葉に、優しい目で私を見ないでください。善法寺伊作。
そこで、倒れている人を助けてください。できるだけ、早くお願いします。
「だ。本物だ」
「気安く触らないでください。本物なんていませんよ。
私は。本物だなんて名前じゃありません」
駆け寄って、抱きしめようとする小平太の手を払いのけます。
さっきまでは、すごい力だったのに、
今の私になって、小平太の力はかなり弱くなっています。
どうやら、意固地な私は、本当に小平太に愛されていたようです。
変な確認に、笑いがこみ上げそうになりましたけれど、
私には使命があります。
「言ったでしょう?私は誰にも救いなんて、助けなんていらないのですよ。
私は一人で十分なので、そこのも、あなたもいらないのです」
私は、寝ている留三郎をみやり、小平太を見ました。
「好き。愛してるなんて下らない。
時間の無駄なことは違う女の子に囁けばいいと思いますよ」
「私は、以外無理だ」
「困りましたね。私は、私以外無理です」
「意固地だな。私を好きなくせに」
「馬鹿な事言わないでください。私は、誰も好きでも愛してもいないのです」
そう、私は意固地な女。
素直になれずに、自分を隠して、誰も愛さないのです。
愛していない振りをするんです。
だって、裏切られたときに泣けないんですから。
だって、死にかけているあなたを抱きしめれないんですから。
だって、誰も傷ついてほしくないんですから。
だって、あなたを愛してるって叫べないんですから。
なら、私は、自分なんて隠してしまいましょう。
私の言葉に納得いかない小平太は、何か言いたそうにしています。
私は、見下した視線で、彼に言いました。
「それでも、私を捕まえたいというなら捕まえて見せなさい。
私は自由が好きなので、捕まってなんてやりませんけどね」
そう、風船はついに、紐をなくしたんです。
「では、さようなら」
そういって消える私に、小平太が私の名前を呼ぶ。
最後に、私の本当を受け入れて、愛してくれた人たちを視界に焼き付けた。
これから始まる地獄のようなレースに、
あなたたちがいた思い出があれば、幸せに違いないでしょう。
・・・いえ、幸せなんて私はいりません。
これからは、一人なのですから。あなた達の幸せを祈ってます。
それでは。
二回目のさようならは、心を抉りました。
しかし、私は、痛くないと言うのです。
2010・09・16