「嫌い嫌い嫌い。離して、あなたは、もう小平太じゃない」
「が、そんなに愛を叫ぶなんて、一人にさせて悪かった。
これからは、ずっと一緒だ。もう、絶対離さない」
その最後の台詞は、最近あなた以外に言われました。
私は照れて、変なことを言ったのを思い出します。
その人は愛しい人。
あなたも愛しかった人。
どちらも愛が入っているのに、どうしてこうも感じ方が違うんでしょうね。
私はあがいて小平太から逃げようとしましたが、
彼の厚い胸板を目一杯の力で叩いても、
暴君と名高い力が優って、全然離れません。
すりりと私の髪に頬をよせるあなた。
私の言葉はもう届きません。
私の感情ももう届きません。
あなたは、一体私のなにを望んでいるのでしょうか。
・・・ふふふ、さすがですね。天女さま。
あなたは輝かしく、可愛いく、素晴らしい。
すべてのものを奪っていくんですね。
彼等から奪っていくものの最後がこれだなんて、素晴らしいです。
私の愛した小平太の記憶が消えていくんです。
壊れないように、力を抜いてくれているのに、
壊れ物のようにそっと扱われているのに、
私は、
「お願いです。小平太。私が愛したものを、これ以上壊さないでください」
「ああ、大丈夫だ、傍にいる。何も怖いことはないぞ」
私は小平太の胸を叩くことをやめました。
「私は、留三郎が、好き。愛してる」
「そうか」
「あなたじゃない」
「そうか」
「小平太、あなたは、過去です」
「そうか。好きだ。愛してる」
「・・・それは、もういらないんです。離してください。私はここにもういたくない」
「ようやく会えたんだ。離すものか」
「・・・・・・誰か」
誰か助けてください。
目の前の人は、狂っています。
私を、好き。愛している。と過去へ愛を叫びながら、
過去を全てめちゃくちゃ壊しています。
恐ろしい。
彼はもう、私なんて求めちゃいません。
私という名前の私という顔で、
「小平太。好き。愛してる」という言葉を吐き続ける人形だけが必要なのです。
だって、そうでしょう?
意思疎通ができないってそういうことじゃないですか。
私がいくら風船で、ふわふわ浮いていても、
私の形は、私の色は、私の個はあるのですよ。
選択することも、感情を口に乗せることも自由で、私なのです。
それを否定し続けている彼は、今の私を否定しているのです。
涙が出そうになるのに、涙は一向に溢れてくれないで、
何かを諦めそうになっています。
頭の中は、混乱でぐちゃぐちゃ。
私がその中で囁きます。彼女は忍びの恰好をしていました。
嘘でもいいから、これに、愛を囁いて、逃げ出してしまいましょう。
彼は狂っていますが、手足を落としはしないでしょう。
陥落して、時間がたったら、逃げましょう。
そういった矢先にもう一人の私が囁きます。
彼女も、忍びの恰好をしていました。
本当にそれで大丈夫だと思っているんですか?
彼が、手足を落とさない可能性はいくらですか?
彼が、離さないといった言葉はどのくらい嘘が入っていますか?
最後に、私服の私が叫びます。
怖い。怖い。怖い。誰かお願いです。助けてください。
怖くてどうしようもないのです。
ああ、でも、誰に助けを求めればいいのか。
私は、片方の手の感触を思い出しました。
誰かの手を握っている。温かい手。
それは、私の感覚を全てしびれさせていたものを、
一斉に、戻しました。肌に空気を感じて、誰かの体温を感じました。
耳から、息遣いが聞こえて、鼻から、匂い、口は、カラカラ。
叫びましょう。
あなたが私を繋いでくれるから、
あなたが私を認めてくれるから、
私、まだ恐怖に屈してないで、ここにいれるんですよ。
助けてを、言える人がいるから、私ここにいれるんですよ。
声にならない声で、言った名前は。
あなたに届いたようです。
小平太の胸からはえた二本の腕。
私から離された手。
「な・・・に、してんだよ。小平太。そいつに触るな」
「留三郎」
小平太の一瞬の隙を逃さず、私は小平太の腕から逃げ出しました。
彼から距離をとるときに、小さくと呼ばれた名前と、
捕まえようとされた手をかすめて、私は、ドンと息を荒らげながら、
保健室の扉に背をつけました。
小平太は、ブンと力だけで、後ろから羽交い締めにしている
留三郎を払いのけます。
そのまま私に近づこうとするけれど、留三郎が足にしがみつきました。
「逃げろ。」
そういった留三郎はボロボロでした。
私は、彼が、小平太から攻撃を受けて、保健室にいたことを思い出しました。
彼は本調子じゃないのです。
それどころか、立ち上がったことだけでも凄いことなのです。
逃げろ。行けと叫びますあなた。
あなたの頭を蹴っているそれは、力が凄まじいのです。
あなたの頭から血が流れてます。
留三郎。
留三郎。
「や、やめて下さい。死んでしまう。留三郎が、いや、嫌だァ」
私の頬から、涙が溢れ出しました。
逃げろと行けと、頭ではそうすればいいことは分かっているのに、
どうしてでしょうか。私の忍びとしての勘が告げます。
ここで、私が逃げたら、留三郎。殺されてしまうでしょう?
私は、あなた以外愛するつもりはないんですよ。
だから、私が自由でも、あなたがいないと意味が無いんですよ。
いつもの意固地な台詞は、もう彼方へ吹っ飛んでしまいました。
「嫌だ。留三郎を、殺さないで。彼を愛しているの」
繰り返される言葉は、簡単で、単純なのに、全てでした。
今の私の恐怖は、あなたを失うものになりました。
私は私では泣けないのですが、あなたのことでは泣けるようです。
留三郎を攻撃する獣は、自分じゃない血を身をまとい、
私を見て驚いています。
「・・・・・・泣いてる?あれぇ?おかしいなぁ」
おかしいおかしい。と言い続けます。
それから、一回うーんと考え込んで、何かひらめいたようです。
「ああ、そうか。お前、鉢屋だな?はどこだ?
さっきから変なことばっかり言っていると思った。お前は、ニセモノだ」
ずるっと、もう動かない留三郎から足を抜き、小平太は
私の胸ぐらを掴み、宙に上げました。
「をどこにやった?吐け」
この人は、本当に狂っているようです。
ああ、でもあなたの前で泣いたことなかったですね。
いえ、昔の私は、誰の前でも泣かなかったですけど。
泣かないのが、私だからという点で、偽物なんでしょうか。
泣いたのが、留三郎のためという点で、偽物なんでしょうか。
疑問は募るけど、答えは聞けそうにないです。
ギリギリと上にあげられて、私は、息ができなくなっています。
ぐらりと世界が崩れる前に、小平太と私の間に、
一本のクナイが飛んできました。
「何、馬鹿なこと言ってんの、君はさ。
目の前で君が殺しかけているのが、 だよ」
ゴホゴホと咽て、床に足をつき、肺が息を求めている私を小平太は、
一瞥して、最初吹き飛んだ善法寺 伊作のほうへ顔を向けた。
「伊作。嘘は関心しないなぁ。はね、まったく泣かないんだ。
たかだが、私に妬かせるための駒が死んだくらいじゃ泣きはしないよ。
だから、これは、じゃない」
そういって今までされたこともない冷たい視線を小平太は、私に向けました。
2010・8・29