「嫌い。嫌いね」
一瞬きょとんとした顔をしてから、目の前の人は、はははと笑いました。
彼は一体誰なのでしょうか?
私が知っている彼は、阿呆でありました。
阿呆でありましたが、太陽のようでした。
そのさまが暑すぎて、うざったいくらいでしたが、暖かかったのです。
いくら、デタラメで、暴君と呼ばれても、彼の後輩はみな
彼についていき、同級生ですら、彼に嫌悪なぞ抱いていないのですから、
みんなに、暖かさを与える方だと、思っておりました今日までは。
彼は太陽の匂いすら感じる笑みでおっしゃいました。
「本当には、意固地だな。嫌いだなんて、私じゃなければ、傷ついてしまうよ」
「・・・・・・どういう」
「の嫌いは、好きなんだろう?やっぱり、は私のことを好きで、愛しているんだ」
誰か、誰か、教えてください。
目の前の彼は一体誰なのでしょうか。
なんで言葉が通じないのでしょうか。
彼は日本人でしょうか。彼は人でしょうか。
なんでしょうか。さっきからずっと寒気が止まらないのです。
感情を制御できる訓練を受けている私だけれど、震えが止まりません。
カタカタカタ。
「嫉妬なんては可愛いなぁ。だから、お返しに留三郎を使ったんだろう?
留三郎勘違いしちゃってるよ。ミ
ィは、私の恋人なのに、使われていることも気づかずに
自分が恋人だって、だから」
だからで、カタカタと手が震えました。
留三郎がこんな姿でいるのは。
「だから、私注意したんだ」
小平太のせいだったようです。
体中の血管が沸騰するような感じがすぎさって、凍えています。
これが、怒りを通りこうした状態でしょうか。
そんな私に彼は、優しい笑みを見せました。
それは私を「好き。愛している」といった阿呆の笑みでした。
私はそれを一等好きだったのです。
でこぼこの手も厚い胸板も愛していたのです。
しかし、それは遠くの記憶で、もはや過去でしかなくて、
私が今愛しているのは、握りしめている留三郎でしかありえないのです。
もう一度やり直そうでもありません。
そう言われても、やり直さないでしょう。
だって、ねぇ。小平太。
私。
「私は、留三郎を愛してるんです」
そういうふうに、素直に言えるようになったのは、彼等のおかげなので、
ずっと溜め込んでいた苦しさも、切なさも、
全部全部吐き出す方法を教えてくれたのは、
彼等なので、私を掴んでくれたのも彼等なので、もう、彼等の方が愛しいのです。
あなたが嫌いなわけではありません。
私が、あなたよりも彼等を愛したのです。
私が、彼等を選んだのです。
私を殴るのが正当です。彼等を苦しめるのは正当ではないのです。
私は、曲がったことが大嫌いなので。
だけど、その前に。
「小平太。私は、留三郎を愛して、あなたを捨てました。
でも、あなたは、その前に、私を捨てたじゃないですか」
あなたが、私よりもあの子を選んだのでしょう?
なんで、急に、私に戻るのですか?
ふわふわ浮かぶ私という風船を、誰かが握っているから欲しくなったのですか?
子供ですね。
それとも、私が幸せな様が気に食わなかったのですか?
「私は、幸せになってはいけませんか?」
喉が熱いです。
お酒なんて呑んでいないのに、喉が焼けるほど熱くて、
言葉がかすれてしまいました。
「何を言う。。お前は世界で一番幸せになるんだ」
そういって、私の体を抱きしめました。
その温もりは、前となんら変わらなくて、それがどうしようもなく泣きたくなりました。
「私の横で」
私が愛した過去の人。
大好きでしょうがなくて、だけど、意固地な私が素直になれなくて、
失って、盗られてしまった人。
あなたは、どこにいってしまったのでしょう?
あなたの肉体、あなたの記憶、全てのあなたが目の前にいるのに、
もう、あなたはどこにもいないのですね。
2010・8・21