「え?」
走って走って走って行きました。
ええ、それはそれは急ぎました。聞かされた内容があまりにも
忍術学園という名前らしくて、実質と違うもので、
私は焦りましたよ。ええ、焦りました。
常日頃から、出さないように気を付けている汗が滴り落ちるほど焦りましたよ。
保健室に向かえば、包帯に巻かれているあなた。
汗が、今私の瞼の上で、下に落ちそうで落ちません。
なにがあったんですか?と治療し終えた善法寺伊作に聞くよりも、
そのまま腰を落として、私は這い蹲りながら、布団に横たわっている
留三郎の頬に震える手で触れました。
指先から感じるのは、死体の冷たさなんかじゃなくて、ちゃんと生者の温かさ。
分かってます。このぐらいでは、死になんかしないのです。
打撲と、血の出血ぐらい、善法寺伊作のもとにいて無理やり診れるようになりました。
だけど、それは知らない誰かなのです。
知っていても顔見知りぐらいなのです。
今まで、この頑丈だけがとりえの男が、こんなにも怪我して弱っている姿なんて
見たことがなかったのですから。
「い、生きてます」
「死んでるものに、治療なんてしないよ」
「あなたは黙っていて下さい」
ぎゅっと手を握ってみました。ゴツゴツした怪我だらけで、
豆なんか潰れちゃっています。物を直してばっかりいる手です。
私を抱きしめて、私を撫でて、私を愛してくれる手です。
私を捕まえて、一緒にどこかへ行ってくれる手なのです。
汗が、ようやく瞼の上から落ちました。
「何があったんですか?」
私の質問に何も答えずに、奥の襖を睨んでいる善法寺伊作。
・・・・・・すごい顔をしています。
くノ一でも優しくて可愛い顔という評判が、がた落ちな顔をしています。
般若のような顔です。その顔に泣きそうになるのを隠そうと、
違うところに意識を持って行こうとすると、
胸元に違和感を感じて、手を入れてみると。
「!これは・・・コーちゃんミニ!!また懐に入ってる」
「ああ、それちゃんと持っていてね」
「持っていてねって、あなた。これ捨てても帰ってくるんですけれど、
どうやって処分するかの方法を教えてください・・・・・・よ」
よが遅くなるほどの、輝かしい笑顔の善法寺伊作。
笑顔なのに、どうしてでしょう。さっきの般若の顔の方がマシだと思うのは。
「こんなに近くにいるのに、気づかないとか、それって本当に焦っていたんだろうね」
何を言って。と、言おうと思いましたけれど、襖から感じる見知った気配。
バッとそちらを見ました。この気配は。
「逃げろ、!!」
そう言ってクナイを構えた善法寺伊作が、襖ごと吹き飛びました。
私の名前、初めて呼んでくれましたね。善法寺伊作。
私、あなたのこと思ったよりも嫌いじゃなかったから、
私もあなたの名前を叫びましたよ。
だけど、それ以上に、現れた男の声の方が大きかったのですけれど。
「!!!!会いたかった」
襖を飛ばして、善法寺伊作を沈黙させた包帯を結ばれている男は、
昔、私に愛を叫び、傍にいてくれた初めての人でした。
私はとても素直じゃないから、いつも毒ばかり、それで構わない好きだ。愛している
と言ってくれた人でした。
でも、人ですから、私に飽きて、違う女の方を愛した人でした。
私たちの間に終りという言葉がなくとも、自然に終わってしまったものでした。
彼の横には、毒なんてもたない可愛らしく愛らしい少女が傍らにいます。
それを見ているだけの私は、必要がなくなってしまいました。
何ヶ月も私は一人で、ならそのまま放ってくれてもいいのに、
私に憧れているというその少女は、他も望んだのです。
少女はすべて盗っていきました。私は盗られていくのを見ているだけでした。
私は、意固地でどうしようもないから、誰かに必要とされていなかったのです。
私をいらないというなら、私だっていらないのです。
盗られたのは間違えです。私は、その子にあげたのです。
そう言い張る私に、泣きもしない可愛げのない私を、抱きしめてくれた阿呆がいました。
誰からも必要されなかった、空っぽな私を、掴んでくれました。
泣けなかった私を、なんだかんだで泣かせてくれる友も出来ました。
今、そこで伸びてますが、それはすべてあなたのおかげなのです。
私は無意識に留三郎の手を強く握り締めます。
私は小平太にずっと会いませんでした。
会いたくなかったんです。会うのが怖かったんです。
全部全部終わって、涙と共に流し終わった過去なくせに、
時々、私を無性に悲しく切なく哀れにさせるのです。
そんなときは、あなたがいてくれるから幸せでした。
今、あなたはここで寝てますけど。
「どうしたんだ?」
どうしたのでは、ありません。
じりじりと後退して逃げ道を探している私に
小平太は記憶と変わらず太陽な笑顔で。
「好きだ。愛している!!」
昔と寸分変わらぬ言葉を下さりました。
私は、目を見開いて驚いて、全ての動作を止めてしまいました。
ああ、きっとこの人は、私を苦しめようとしているのでしょう。
過去を突きつけて何が楽しいのでしょうか。
もしあの時、あの子を放って、その言葉をくれていたのならば、
私はあなたの傍にいたのです。
ですが、それはもしなので、もう二人とも、違う人を愛したんです。
それなのに、なにが面白くて、こんなことをするのでしょうか。
悪戯にしても過ぎてますよ。
フフフ。と笑いがでてきます。これがから笑いという奴でしょうか。
この所、緩くなった涙腺をくっと縛り直して。
「私は、嫌いです」
そう言い返しました。
2010・07・29