ぐつぐつと煮だった土鍋に、ゴリゴリと臼で薬草を潰している音。
二つが止まって、声が響く。

「やっと煎じ終えましたよ。この悪魔」

「うん。ありがとう」

「伊作、もういいだろう?、こっちきて、一緒に休もう」

「糞疲れたというのに、あなたの硬い肉布団に包まれるくらいなら、
この細くてごつごつした彼を選びます」

「コーちゃんを勝手に動かさないでくれる?そして、素直に、恥ずかしいって言おうか」

「だ、誰が恥ずかしいなんてことありますか!!あなた目が腐ってるんじゃいですか」

「ああ、可愛いなぁ」

「アハハハ。腐ってるのは、留さんの目だよ」

真夜中の夜に、男女三人、そのうち恋人一組。
恋人なりたての二人なのに、彼らの会話には甘い空気なんて一つもない。
理由は、そうだね。彼女が意固地だからだろう。






ある日、空から女の子が降ってきた。
見てないから話を聞いただけなんだけど、それは大層神々しい姿だったらしく、
彼女のあだ名は、「天女さま」
僕も最初は興味本位で近づいたけど、分かる。
あれはただの女の子だ。
いや、ただのではない。保護意識を高めるような女の子。
だかか、よく分かんないけど。
僕の周りの仲の良い友達は、みなこぞって彼女を保護した。
先頭をきったのは、小平太で、
彼は、あんなに「好きだ。愛している」と言っていた恋人を。
何度も何度も諦めずに障害を蹴っ飛ばし、
愛を騒ぎ散らかしていた恋人を、あっけもなく手放した。
その姿で、みんな目が覚めたようで、
いいや、最初から彼女はめずらしいだけだったに違いない。
彼女の周りは、丁度いいくらいの人数を保っているし、
俺がする俺がするとの争いもない。前に+変わった事務委員が加わっただけ。
今日も忍術学園は、至って平和である。
包帯を撒き散らかしてしまったので、なおしていれば、見知った気配にため息がでる。
案の定入ってきたのは、前の話にも出てきた七松 小平太その人だ。
彼の放っておけない打撲や、出血具合をみて前に座るように促してから、
眉を潜めて、彼の傷を手当していく。

「小平太。君ね。薬品も包帯も消耗品なんだよ。
君一人にそんなに使うわけにはいかないんだけど?」

「・・・・・・ごめん」

シュンとしているのは僕に叱られたからじゃない。
彼は保健室に、入ってくる前からしょうげている。
ああ、正確には、休みあけからだ。
それから彼は時に狂ったかのように、このような怪我をしてくるんだ。
まぁ、前も急に、どんどんどっかに、行っていたけど細かい傷だけで、
こんなのではなかった。一番の違いは、覇気のなさだろう。
時々、体育委員の彼らがきて、小平太の様子が変で、治らないかと
言われたけど。僕は、パタンと救急箱をしまった。

「次はないからね」

離した目を戻して小平太をみれば、小平太は、目を少しばかり開いて、
僕の後ろを、指さした。

「伊作、あれって」

「うん?ああ、あれ、残ったからくれたんだけど、赤い花好きだって、
運のいいことに薬になるんだよ。これ」

運がいいというのは、そのとおり。彼女は生け花をするけど、茎しかしないから、
効能のある花弁部分は不要だってこと。それを示す意味を理解した小平太は、
目を花に向けたまま、僕に尋ねる。

「ここに来てるの?」

「来てるよ。だって、彼女は、留さんの彼女だもん」

「違う!!」

ぐいっと首襟を引っ張られ、殺気のこもった瞳で睨まれた。
小平太と近い距離で、彼の整っていて野性的な顔が、
獰猛な大型肉食獣だ。このまま死にたくもないし、怪我をするのもごめんだけれど。


赤い花を僕に渡した彼女・ の部屋から、僕らの長屋へ引っ越すとき、
荷物を運ぶ手伝いをしに来たのだけれど、
彼女の横にはちょこんと手荷物が一つあるだけだった。
僕は驚いた。だって4年もいてその量の少なさはありえないから。

「荷物少なくない?」

と、聞いてしまった。彼女は。

「最小限度の荷物なんて私ぐらいですよ」

そう言って笑っているから、余計に惨めだった。
彼女は、多くのものがあったんだ。
部屋の中には誰かさんから貰ったものや、
忘れたもの思い出それら全てあったはずなんだ。

「・・・しょうがないから、僕のコーちゃんミニあげてもいいよ。
ちなみに捨てても、もどってくる機能付きだから」

「いりませんよ」

そういって嫌そうな顔をした。
僕は、前の顔よりもそっちの顔の方が何倍もマシで、
つまり。
つまりだ。
僕は、小平太にあまり良い感情を抱いていない。
だから、僕は彼に睨み返した。

「そろそろ現実をみれば?」

「違う。何かの間違いだ。は、私の恋人で、許嫁だ」

呆れた。なんの言葉も出てこない。
この目の前の男は、休みの間、彼女の家に帰って、待っていたのだ。
しかし、帰ってこず、かわりに、天女さまがいた。
もう、それでいいじゃない。そこのにしとけばいいじゃない。
ていうか、気づきなよ。あんなことしといて、分かってないなんて、酷いこと甚だしい。

「そう。じゃぁ、叫んでみなよ。前みたくさ。
誰か名前を言わずに、でっかい声で、愛を叫んでご覧。
そうすれば、君がしたことが分かるはずだよ」


それが、始まりだった。










2010・07・22