二つ大事なものがあった気がします。
だけれど、薬の匂いが臭すぎて、
善法寺 伊作が鬼すぎて
横から抱きしめる留三郎の腕が強すぎて、
私はそれが何か、ついぞ忘れてしまいました。

そんなある日のことです。

誰かが、私の名前と愛を語っていました。
それはどこかで聞いたことのある声のようでしたけれど、
昨日も善法寺 伊作の無理やり手伝わされた薬草の煮込みの
せいで、頭がぼぅっとしておりましたから、空耳かも知れません。
横をみれば、留三郎は、なにかを睨みつけていました。

「なんて顔をしているんですか」

「・・・悪りぃ」

そういって留三郎は私を強く抱きしめて、

「絶対に離れない」

と、とても迷惑なことをおっしゃるので、

「あら?トイレも一緒ですか?なんなら性転換でもします?」

そういう私に彼は笑います。
彼は目つきがかなりきつく、後輩にすら怖がれているのに、
笑うと15歳の少年よりも幼くなるのです。
私はその笑みが、いつもの顔よりも阿呆くさい顔なので気に入ってました。
しかし、笑ったのは私に対してなので、睨みつけると。

「顔、赤いぞ」

・・・そんなことは分かっているのです。それは見てないふりして欲しいものです。
だから私の口は。

「あなたのような肉布団に抱きしめられているから、熱くなって赤いんですよ!!」

なんて可愛くないことを言ってしまうのに、彼は、なんでか私の髪の中に、
顔をうずめて、

「可愛い」

なんて。やっぱりあなたは阿呆に違いないのです。
だから私は半泣きになってもっと顔が赤くなるのを自覚しながら、
あなたの腕を振りほどくことが出来ないのです。

そんな姿をみている人なんて私は知りません。
私は空っぽなので、ふわふわと飛んで、捕まってしまいました。
そこから見える風景だけが全てで、満足なのです。
今度の休みは、ずっと念願だったことを行ないます。
私は、いつだってどこかへ行きたかったのです。
家なんかあんな場所に括りつけられるのは、ずっと前から好きではなくて、
特に今なんて尚更で、握りしめているこの阿呆・もとい留三郎は、
私を遠くへどこか知らない場所へ一緒に行ってくれるらしいのです。
ふわふわふわと、私、飛んでます。
あなたと一緒なら、どんな世界でも、
針でつつかれ、破裂してしまうことはないのでしょう。
つまるところ、私にはこの阿呆だけがいればいいのです。

ああ、なんか誰かが来たので、飛んでいきましょう。
もちろん、留三郎と一緒に。






どんどんと過ぎていく景色が好きだった。
爽快な感じがするから。
過ぎていく景色の中で、ピンクの軍団。
キャキャと彼女らは野草を、とっているようだ。
男の集団のなかで生きている自分たちと違って甘い匂いがする。
ふわふわと綿菓子のような彼女たち。
彼女たちは、自分にとって守ってあげるべきか、食べるべき対象でしかなかった。
だって、女は弱い。
私がちょっとでも力をこめてしまえば、簡単に腕が折れそうだ。
細くて白い腕は、同級生の仙蔵を思いだたせたけど、いくら綺麗な顔で、
中性的な顔をしていても彼は男だから、柔らかさはなく筋肉質だ。
それに、守らなくても彼は強し、怖い。食べようなんて、殺される。
私の中には、女は、守るべきもので、食べるものという無意識があった。
だからだろうか。数人の女と付き合ったけれど、どれも途中で飽きてしまった。
本気になれない。求めて、求めて、途中で捨てて、
そんな様を見た長次からは、最初から付き合わなければいいと言われたけれど、
男だらけの学園にいる自分が、女に対しての性欲がないわけがないのだ。
私を見つけたくノ一たちの数人から好意の視線に、にぃっと笑って、
体に巡る野性が目を覚まそうとしたけれど。

近くで、ぐしゃりと、真っ赤な綺麗な花を握りつぶす音が聞こえた。

「だから、あなたは何度言えば分かるのですか。
いいですか?花というのはですね。
一番素晴らしいのは花弁ではないのですよ。それを支えている茎です。
あの太さ、あの固さ、あの緑具合、素晴らしいじゃないですか!!」

「いや、おっかっしいって!じゃぁ、なんでは、華道、落ちたんじゃん」

「それは先生の美的感覚が素晴らしかったからじゃないですか?」

「うわぁぁぁ、その自分本意な考え、素晴らしすぎるじゃん」

「まぁ、その後、ちゃんとお互いの感覚について話し合いまして、
私は最良をもらいましたけれど、だから私の感覚が変なことはないのです」

「ああ、だからか。なんか先生が、倒れたって聞いたのは」

集団から離れたところで、大きな声を出しているピンク色の二人。
一人の女が呆れた顔で、薬草を摘んで、花を握りつぶした女は、

「あら、そんな軟弱で、大丈夫かしら?」

と妖艶に笑った。それは正しく毒花のようで、
私の無意識下にあった女の姿にまったく当てはまらない。
くノ一だから、毒が強い。
そう思った。
くノ一だから、例外が存在する。
そう思った。
しかし、くノ一と付き合ったこともあるのに、そんなものは一人も存在しなくて、
好きだといえば、私もと頬を赤く染めて返すような女ばかりだった。
私は、例外の女に近づいた。
女は、私の気配に気づくと、にこにこと笑顔で、

「あらあら、ここは男は立入禁止ですよ。マナーも守れない犬っころは、
しっぽを切り落としましょうか?」

かなりのインパクト大。面白すぎる。
彼女を気に入った私は、彼女のもとへ頻繁に訪れるようになった。
彼女は一つ年下で、名前を といった。
彼女の名前を知ったときに名前を叫べば、

「駄犬が、五月蝿いですよ」

と睨みつけてくる。そんな彼女はやっぱり例外。
例外ってどういう意味だと思う?と同室の長次に聞けば、

「特別なんだろう」

と言われたから彼女は、例外から特別に変わった。
睨みつけてくる顔が好き。
独特の感性も好き。
ご飯を食べる時の箸の動きも好き。
ぼけっとしている時の顔も好き。
手を当てている腰も好き。
クナイを投げる手を好き。
罵声を言う声も好き。
好きが溢れて、口にすれば、どうなるのか分からないから、口にしてみた。

「好きだ。。好きだ!」

そういえば、くノ一の女でも、顔を赤く染めて私もと言った。
は、私を見ると、あの時と同じ妖艶な顔で笑って、

「死ねばいいですよ」

と、食堂にて彼女は言った。
その後なんであの時そんなことを言ったのかと聞けば、
あなたは羞恥心を養ったほうがいいと言われた。
照れたのか。なんだ。可愛い。と思うけれど、
私はショックを受けた。
くノ一と同じじゃなかったことに安堵しながらも、へこんでいた。
うずくまる私に、私の友人たちは微笑ましい笑顔で、

「ようやく小平太にも春がやってきたか」

私の初恋はとっくに終わっているし、童貞でもないのに、
彼らはそういった。私が真剣に恋をしたと。
そう言われて、ようやく私は自分のなかにあったへの恋心を理解した。
理解したなら後は動くだけ。
私は押して押して押して押しまくった。
引くなんて出来ない。
引いたら場所ができてしまう。
隅っこに追いやって、どこにも逃げ場がなければ私だけだろう?
いくら、私の姿が鼻水まみれで、涙まみれで、格好悪くても、
彼女が手に入るなら、なんでも良かった。

「好きだ。愛してる」

何度目かの告白に、彼女は黙って、

「よくそんな何回も愛の言葉が吐けるものです」

辛辣な言葉だけど、私は彼女と共に居続けたことで、彼女が
気持ちを口にするのが下手なことを知ってた。
じゃなければ、顔は隠してるけど、耳は隠せなかったらしい。真っ赤。

「好きだ」

「・・・・・・いいですよ」

そういって、破顔した顔を私は忘れない。
妖艶な顔から、いっきにはじけたその無垢な表情は、私の恋心に、
もっと火をつけた。


ああ、真っ暗だ。ここがどこかすら分からない。
光が欲しくて、手を伸ばした。
光は、炎じゃなくて、太陽の光でもない。

姿は見えるのに、どうして。どうしてだろう?
彼女の横にいるのは、私じゃない。
私が睨むと、横にいる留三郎が睨んで、を守るように抱きしめた。
それは私のだ!
と、真っ暗から出ようとすると、二人の姿が掻き消えてしまう。
それが何度目か分からない。だけど、激しい嵐のような衝動が止まらない。
誰もいなくなった光刺す場所に、拳を打ちつけた。
ドォンと大きな音がしたけれど、穴ができたけれど、どうでもいい。
誰か、をくれ。が足りない。私は、を愛してるんだ。

真っ暗に戻って、何がいけなかったのか考える。
なんでは留三郎といるのか考える。
結論。
が留三郎のものになったのは、きっと嘘で、
彼女はいつも気持ちを出すのが下手だから、
きっと、私が違う女に「好き。愛している」って言っている姿が、
癪に触ったのだろう。そうだ。
きっと、私に気づかせたいのだな。
だったら、もうあの子にそんなことは言わない。
女の代表格の子に、そんなこと本気に思う訳ない。
知ってるだろう。。私にとってだけが、私の特別なんだから。
ああ、なんだ。そういえば、そうだった。ああ、焦って損した。
の家は、私以外を婿に、受け入れないじゃないか。
外堀を埋めといて正解だった。
だって、家に帰るだろうから、その時に祝言をあげてしまえばいいんだ。
留三郎のそばにいるのは気にくわないから、あとでお仕置きしよう。
いくら拗ねているからってこれはやりすぎだって、怒ろう。
そうしたらきっとも怒るんだろう。
怒って怒って、最後に笑ってくれる。
それは絶対。
だって、は、私を愛しているんだから。
いくら、好きじゃないなんて言っても、分かる。
は、とても意固地だから、愛してるなんて言わないけど、
その分、私が言えばいいや。

ああ、早く休みにならないかな。
ここは、暗いや。

「好き。愛してる。

この言葉ですら、闇に吸い込まれてしまう。








2010・07・02

意固地の女の続編。小平太視点。まだ気づかない。