【意固地な女】






別に好きでもなんでもなかったのですが、
好きだと言われ続けまして、
そのときの私は、特に誰が好きでもなかったので、
彼が鼻水やら涙やら至る所から水を出している姿があまりに哀れだったので、
恋仲になりました。

5行ぐらいで終わる私たちの付き合った、なりそめ。


「好きだぞ。愛してる。絶対、離さないぞ」

「そうですか」

「好きだと大声で学園内を走りまわってもいい」

「ふふふ。それは、私のバツゲームですね。おやめ下さい」

「だって、は私の言葉を信じていないだろう?」

・・・・・・そんなことございませんよ。
ええ、本当に、そんなことはございませんでしたよ。






私の名前は、 
性別、女。くの一教室に通っております。
最初は、家事手伝いの教養のためでしたのだけれど、
めんどくさそう、いいえ、
女だって仕事出来ると言うシナ先生の格言にいたく感動しまして。
かようべき年数が過ぎてもここにおります。
許された理由は、二つ。
この学園に、夫となるかたがおられること。
いつのまにか、菓子折り持って、私の家へ頭下げに来たときには、
昨日、その思いに答えたばかりでしたから、彼の速さに呆れたものです。
両親には、いたく気いられ、彼に奉公するのがお前の役目だと、
いわんばかりにそりゃノリノリで、承諾してくれました。
もう一つは、彼のわがまま。
目に見えるところにいて欲しいとのことです。
嫌ですね。確かに私はあなたを好きと言われると、
うーんと考え込んでしまいますが、
縛り付けられる前にと、遊び呆ける軽い女でもないのですのに、
本当、男とは縛り付けたがるものです。
そのくせ、縛られたくないのです。

だから、彼は、手に入れて私に安心して、次へ飛び立ったようです。

「どうしたものでしょうか」

「別れたらいいじゃん」

あんたの旦那、いまさ、天女さま、なんてバカバカしいものに夢中じゃん?
しかも、見せつけるようにあんたと同じ方法で、
くのいち馬鹿にしてるんじゃん。
ムカつくじゃん。
だから、ネチネチ陰気臭くなるまえに、
さっさと別れて、アレ以上のいい男見つければいいじゃん?

じゃんじゃん、ウルサイけれど、
それは彼女の口癖なのでしょうがないのです。
それに、個性的とも言えなくないかもしれません。
私にとても甘く優しく時に、鞭を打ってくれる友人が、
爪を切りながら答えてくれた方法は、
とても素晴らしい、私と一致した考えなのですけれど。

「そう、簡単にはいかないのですよ。
あの方が考え知らずで、両親に挨拶なんてするものだから、
私は彼と付き合い、結婚しなければならないのですよ。
たとえ、彼が私のことを愛してなくても、私が彼のことを愛してなくても」

「ああ、あんたんところ、一途というか、直線な馬鹿というか」

「これ、子供の前で、両親を馬鹿にしては、いけませんよ。
だけど、ちょっと、娘の人生を、簡単に単純に決定づけないで欲しいものです。
だから、私が、将来的、くノ一として、仕事を見つけて、
さっさと家を出て、両親の知らない場所へ行こうなんて思うんじゃないですか」

「それ、かなり嫌いというんじゃないの?」

「そんな馬鹿な、むしろ尊敬してますよ?」

「・・・・・・今日のご飯は?」

「はい、AとB。お魚とお肉ですね。今日は、杏仁豆腐がつくといいます。
毎日、甘味をだしてくださってもいいのですのに」

「AとBの内容言ってないじゃん!!内容だよ。
甘味とかより、飯じゃん」

「分かってませんね。だから、男が来ないんですよ。あなた。
女の子は、甘いもの大好き。スイーツに目がない生き物なのですよ」

「知らない。私は、ご飯の方が好きじゃん」

さて、話は脱線しました。だけれど、お分かりになったでしょうか?
私の悩みはその程度のことであって、
今日のご飯の献立の方が、熱く語られるんです。

「だーから、みそ汁の具は、あさりだって」

「いいえ、油揚げです。そんなことも分からないのですか?
それとも、分からせないといけないでしょうか?」

「その挑戦、受けてやるじゃん」

では、私は、いまから彼女と戦いますので、すみませんが席を外します。


「また、やってるよ」

「本当、下らないこと好きだよな。あいつら」






私の横にいつもいる人は、盛夏と申します。
名前のごとく、夏が大好きで、お祭り好きの、じゃんが口癖な人です。
5年間、いつでも行動を共に、なんてベッタリな関係を
お互い嫌ったのに、なぜか行き先が一緒で、
お前があっち行け。いや、お前が、と言い合っているうちに、
授業が終わることもしばしばありましたので、
二人とも妥協して、共にいることが多い人であります。
知っていることは、少ない方が好ましいのですが、
他の人よりも私は若干多く知っています。
そして、彼女も私とまったく同じ気質なのですから、困ったものです。
ともかく、その盛夏は、5年間共にいましたけれど、
泣いた姿を見たことがあるのは、どぶ川に財布を落としたところと、
ネギを切った手で目をこすった時と、
『笑わなければ神、落語100選』で笑い転げた時と、
弁慶の泣き所を思いっきりけって、鳩尾に一発入れた時と、
私が学園を去るという嘘を言った時だけです。

私は、彼女を泣かすことは好きですが、泣いているのは嫌いでした。



彼女が私を呼びました。
振り返ると、頬を赤く染めて、興奮した様子でした。
それが始まりです。
いいえ、始まりは、もっと前、学園に、電波が来たときから。
電波というのは、綾部喜八郎しかり、顔が良ければ、
もっと彼らを、魅力にするスパイスなのです。
その電波は、とても綺麗な顔と、とても綺麗な体で、とても綺麗な言葉を
お持ちなので、「天女さま」と名付けられました。
私にとって、そのくらいの内容しか知りません。知りたくもありません。なのに。

「でね、悠さんはね」

あらあら、じゃんという口癖もありません。
前まで、私の彼氏に別れろと、他の女に目がいくなんて抉ってやろうか?
と言っていた彼女が、その他の女を褒めたたえています。
それから、私を他の女の所へ連れて行こうとするのです。

「本当に、良い人じゃん。も好きになる」

ようやく、馴染みの口癖を聞いて、これは本当に盛夏であることは間違えないようです。
じゃんなんて、恥ずかしい言葉言えるのは、彼女以外知りませんから。
行かなかった私を放って、
盛夏はそれから、天女さまのところへ、行っているようです。

私は、花をいけておりました。
花を切って、茎をいける。前衛的と笑った人は、もうおりません。
でも、勘違いしないで下さい。
彼女と私は”友達”ではありません。
横にいただけの人が、横じゃなくて、遠くになっただけで、私には何も変りないのです。

パッチン。
私の後ろに、赤い、赤い花が幾多も転がっております。






「二人が言うから、どういう人か気になっていたんだ」

そう言って、電波もとい天女さまは、私の部屋に来られました。
ちゃんと、コブが二つついております。
二人とも、何が楽しいのか、ニコニコと笑っておりました。
私は、ニッコリ笑って、「おとといきやがれ」と言いたかったのですが、
口を、塞がれました。
ああ、私を愛しいだのとほざいた方は、私のことをよく分かっているようで。
目の前で、彼らが語り合います。
目の前で、彼らが笑いあいます。

「あ、これ。なんですか?」

と、花もない茎を指さしております。

「これは、の生け花だな」

「相変わらず、変わっているじゃん」

私が聞いた幻聴を、今ここで目の前の二人がおっしゃりました。
夢か現か。分からなくなった私に、彼女が言いました。

「本当に、さんって綺麗で、変なとこもあって可愛くて、魅力的な人ですね。
私も、さんのようになりたい」

そういって、彼らは慌てて、止めます。
「あんな、真っ黒になったら、悠が汚れるじゃん」
「悠は、悠だから、いいんだ」

あらあら、私と似ることは、そんなに食い止めたいことなのでしょうか?
私は、笑って、言いました。

「それなら、あなた私の家の養女になりますか?」

本当に、私は、笑って、言っていたのでしょうか?
分からないけれど、天女さまは、えっと驚いて、
私を愛しいといった人は、それはいい案だ言って、
横にいた人は、、いらないものを押し付けていない?と疑いました。

本当に、失礼な方たちです。

いいえ、本当に、失礼なのは、
私がいった戯言を、簡単に受け入れてしまった家族でしょうか。






「ありがとう。さんて、優しいんだね。
えへ、私さんの家族になれるなんて、嬉しい。だって、さんに憧れてたんだもん」

憧れ。それは、前言っていた。私になりたいと言うことでしょうか?
ならば、あなたは私になれましたよ。

ふふふ。

「何、笑ってんだ。気持ち悪ぃ」

「・・・・・・なんのようでしょうか?」

「用はお前じゃなくて、小平太だ。愛しの旦那殿だよ」

「あらいやだ。昔のことを言わないで下さい。小平太は、私を愛しいと言いませんし、
家族も、あの天女さまさえ、いればいいのですよ」

「は?」

「家族は、小平太をえらく気に入ったようなんですよ。彼を引き止める手段があるならば、
というところでしょか。今回の養女の話は」

「・・・・・・お前」

「あそこに、聞こえているでしょう。留三郎。あの笑い声。そこです」

そう言って、私は歩き出しました。
どこへ?
そうですね。どこへでも。あの人たちのいないところなら、どこへでも。






「おう」

「・・・・・・・なんのようでしょうか?」

デジャヴじゃなく、何回目の会合です。
留三郎は、私の部屋に、勝手に上がり込んで、くだらない話をしていきます。
迷惑な話です。

「で、伊作がな」

「どうでもいいですよ。あなたの不運の友達は」

あなたのその顔を見ると、イライラするのです。
さっさとここから立ち去って欲しくて、刺がある言い方をしました。
彼も、私の心情を正しく理解したはずなのに、座っている場所から、
少しも動きやしません。

「あなたは、私を憐れみたいのですか?」

「なんだ、憐れんで欲しいのか?」

彼の言葉に、かぁっと頭に血が巡っているのが分かります。

「ええ、そうですよ。
恋人も、友人も、家族も全て盗られました。
私になりたい?何を言っておらっしゃるのやら。
私になっているではないですか。
これ以上、私の何を盗るというのですか?
なんて、可哀想な私!!そんな に残されたものは?
なにもありはしません。さぁ、慰めなさい。
どう言った言葉で、言うのかしりま」

「もう、黙ってろ」

留三郎は、私の体を抱きしめました。
あなたには私を慰める言葉なぞありはしないのでしょう。
だから、行動ですか?
はっ。それは、普通の女なら、ホレっとくるでしょうけど。

「触らないで下さい」

ぱしっと彼の腕を払う。

「あなたが出ていかないのなら、私が出ていきます」






留三郎に触られて、小平太に触られたことを思い出しました。
もう、隠しておけないようですね。
私は、小平太をちゃんと愛していました。
好きだと言われて、存在を知りましたが、
彼と触れ合っていくうちに、ちゃんと愛しておりました。
言葉が、足りないのはしょうがありません。
私の性分なのです。
そんな私を、愛してる、好きだと言ってくれるあなたの阿呆具合が
堪らなく愛しかったのです。
留三郎に慰められかけて、盛夏の下手な慰めを思い出しました。
もう、これも隠しておけないようですね。
盛夏は、似たような性分なので、
私が小平太を本当に愛していることを知れば、
あなたは、私がむかついただけじゃん。
と素知らぬ顔をして、敵討みたいなことなさるでしょう?
だから、私は、好きじゃないと愛しておりませんと隠してきました。
私は、脳天気なあなたが好きなのです。
そういえば、あなたは泣き虫でしたね。
何回も何回も泣いていましたね。
私が泣いたのは・・・・・・あら?一度もないようです。
それって、どういう事かわかりますか?
私に感情って物がないってことではないのですよ。
頑固で、プライドがめっぽう高くて人に頼れないだけなのですよ。
あなたと私はよく似ているけれど、あなたとはそこが違ったんです。
まったく同じ人なんて、いやしませんから。

恋人を盗られました。最初から、好きじゃないと嘘吹ました。
友人を盗られました。最初から、そういう仲じゃないと嘘吹ました。
私は、もう空っぽで、私しかもちません。
天女さまは、私からあと何を奪っていくのでしょうか?

「・・・・・・しつこいですね」

「俺も、自分に驚いている」

大きな木の下で、私がいる場所に留三郎はやってきました。
ここから、天女さまと小平太と盛夏が見えました。
ふっと、笑いごこみ上げます。

「裏切られたのが、悲しいか?」

裏切りですか?
何を言っておっしゃるのですか。
鼻から、信頼なんてものないのですから、
何を裏切ると言うのですか。
人は、モノあるところに集まるのです。
だから、夕方の何もない市には人は集まらないのです。
私の存在などそのようなものなのでしょう。

だって、空っぽですもの。

悲しい?哀しい?分かりません。
ただ、この思いを忘れるのは、時間がかなりかかるだろうと言うことで、
これが青春と笑える日が来るのだろうかと、絶望を感じるままなのです。
涙が、ぽたりとたれました。
留三郎が目を見開いています。
そうでしょう。
だって、私は誰にも涙を見せたことがないのですから。
それは、誰にも頼りたくないのと同じことなのです。

ああ、だから可愛くない女だと思われるのでしょうね。
ああ、だから愛してる、好きは、言ってくれなくなったんですね。

まったくもってそのとおりです。
だから、私のことなぞ、すっかりお忘れになってください。
そうすれば、私も次の手など取りはしません。
縋りつこうなどと、人の温もりを知らなければ
私の冷たい手だけ十分なのです。






「お前は、意外と馬鹿だな」

「は組の不運コンビBに言われたくありません」

「言えばよかったじゃねーか。素直によ。哀しいって」

「・・・・・・・それが言えたならば、私ではありませんよ」

「たっく、しょうがねーな」

そういって、二回目の抱きしめに、私は抵抗する代わりに睨みました。

「なんのつもりでしょうか?私に情などかけて、憐れむなら、舌を噛み切りますよ」

「ちげーよ。これは、なんとなくしてるだけだ」

「・・・・・・語彙のない男ですね」

「お前は、情緒がないな」

留三郎の目は鋭くて、私の目は、赤くて、なんだか、おかしくなって、
私は睨むことをやめて、抱きしめられているなら、思う存分堪能してやると、
体を全部預けました。

「・・・・・・固い体ですね。柔らかくなりなさい。
そうすれば、肉蒲団を、我慢してあげます」

「嫌だね。俺は、強くなって、誰かさんを守んなくちゃいけないから」

「へー、それはそれは素敵な計画ですね」

「と、いうわけだ。固いのに慣れろ」

「・・・しょうがありませんね。折れて差し上げます。だけど、これっきりですよ?」

「ああ、十分だ。一回で、構わない」

そういって、笑えば幼くなるあなたは、
告白さえ言葉を選べない阿呆に違いありません。
そして、私は阿呆にめっぽう弱いのです。






「ん?」

「どうしたんじゃん?小平太」

「いや、なんだか。めっぽう、愛を叫びたくなった」

「叫んでるじゃん。ちゃんと悠に」

「何言っているんだ。にだ」

盛夏は、小平太の顔をマジマジ見た。

「・・・・・・小平太。二人妻を持つのは、どうだろう」

「??何を言っているんだ。私が愛しているのは、好きなのは、だけだぞ」

「・・・・悠は?」

「可愛いが、動物に癒される感じだ。私は、毒がある方が好きだ」

そう言い切った小平太に、盛夏は勢い良く立ち上がった。

「・・・・・・そういえば、の前衛的な絵を見に行こうかな」

「だったら、一緒に行くか?」

「嫌だ。一緒なんて死ぬほど嫌じゃん。
こいつと、私が同じ考えだったことが嫌じゃん」

!!と叫んで行く盛夏の姿に、小平太は、頭をかしげながら、
競争か?負けないぞと言って、くの一のほうへ走っていくから、
彼らがいる保健室に気付かなかった。



「死ね。死ね。マジで、死んでください」

「なんで、怒ってるんだ」

「なんでって、あ、あなた、よくそんな恥ずかしいこと言えますね」

「お前が、愛の言葉でも囁いてみろって言ったんじゃないか」

「あははっははは、留さん、ここどこだか分かる?
保健室なんだけど。いい加減、イチャイチャするのやめてくれる?」

「善法寺 伊作。あなたは、よくこんな物体と一緒にいれますね」

「それ、お返しするよ。そういえば、
今度、薬を買いに街へ行くんだけど、一緒に行かない?」

「なんだ。伊作。口説くのは駄目だぞ。これは俺のだ」

そう言って、留三郎は、を抱きしめた。

「誰があなたのですか!!
善法寺 伊作・・・私をだしに、留三郎を荷物持ちにするのをやめなさい」

「あはは」

「ちょ、く、苦しい。やめなさい。体力馬鹿。伊作の口に乗らないでくださいよ」

愛しい人が変わりました。
友人が変わりました。
しかし、私は、私のまま、何も変わらないのです。
空っぽになったじゃなくて、空っぽだったんです。
それなら、ふわふわ浮けて素晴らしいじゃないですか。

「おい」

「おいって名前じゃありません。おい」

「・・・・・・

「なんでしょう?留三郎」

「俺は、お前のこと、一生好きでいるからな」




10

彼女にとって、前の二人は、過去になりました。
そして、新しい二人を手に入れました。
彼女は微笑んでいます。
悲しいときには、ちゃんと泣かされてもいます。
前の二人にとって、彼女は、まだ過去じゃなくて、今です。
誰もいない部屋に、二人はたどり着きました。

!!聞いて、あのね」

そう言って開けたのが早いか。

、愛してるぞ。好きだぞ」

そう言って開けるのが早いか。

彼らはまだ知りません。彼らが過去になってしまった事実を。
そして、盛夏が最初に言っていたように、決別したことを。
名前を叫んでも、
この頃、無理やり薬草の煮込みを手伝わされているは、
部屋になかなか戻らないので、
授業も、上級生になれば、ないのと変わらないので、
そして、くの一に憧れた彼女は、能力が彼らよりも上で、
気配を察知すれば、いなくなってしまうので、
家にも彼女が言った通り、
誰にも知らさずにどこかへ出て行ってしまったので、
彼らとは、二度と出会うことはありません。

そうして、彼らは気づくのです。
彼らのしてしまった、間違いと勘違いを。
そして、彼らは知るのです。
彼女が、自分たち以外を愛したことを。









2010・6・23