茶店で、孫兵と藤内が着くなり、蛇女の両側に座り、
それから、は、みたらしが好きなんだとか、ごま団子だとか、
くだらないことを言い始め、とうとう実力行使になり、椅子から立ち上がり
目の前で喧嘩し始めている。
作兵衛は蛇女が怖いから、隣の椅子に座り、
作兵衛の左は、左門。右は俺の順に座っている。
俺は横を見ると、二人がいなくなって一人椅子に座る蛇女が、
ぼんやりとメニュー表を見て、

「プリンお願いします」

店の子にそう言ってから、俺はすぐさまメニュー表を見返した。
プリンなど、どこにも書いてない。
しかし、店の子は、ありませんと言わずに、奥に引っ込んだ。
どうなっているんだと、くまなく探せば、
凄く小さな字で、隅のほうにプリンと書かれていた。
ここから見える旗は、はたはたと風に流れている甘味処と書かれており、
横にある団子の絵が、プリン?はっつ?笑わせるな、うちは和風一筋よ
な雰囲気を醸し出している。
俺は気づいた。
もしかして、此処に書かれているプリンはプリンじゃないのかもしれない。
プリンと書かれているだけで、団子の進化系なのかもしれない。
そう思い、蛇女に運ばれてくるものをまじまじと観察していれば。

「はいどうぞ」
「どうも」

受け取ったものを覗き込む。
鮮やかな肌色に近い黄色に、とろりと琥珀色したはちみつがかかっている。
そして、揺れるたびに、ぷるんと音が出そうなそれは、
まさしく。

「プリンだ」
「プリンだよ」

俺が顔をあげると、蛇女は、不思議そうな顔をして、一掬い口に運んだ。
気になりすぎた俺は、どうやら蛇女の横に座っていたようだ。
元の場所に戻るのもなんとなく格好つかないと思った俺は、
そのまま蛇女の横に座る。
蛇女はそれに気にした様子もなく、藤内と孫兵の争いを我知らず
とそれよりもと、プリンを口に運ぶ。
蛇女一口は小さく、何度も何度もプリンと口を往復する。
一心不乱にプリンだけ集中している姿に、
毒気が抜かれ、心のなかで思っていたものがつい言葉になっていた。


「思ったよりも怖くないな」

あ、言っちまった。傷つけるかと思ったが、蛇女は眉毛一つ動かさず。

「毒操れるとか普通に考えて怖いから、近寄らないほうがいいよ」

なんて言う。
自分のことを、第三者視点で語り、なおかつ忠告してくる姿に、
忠告された意味とは反対の感情を抱く。
曰く、美しいという奴は、美しくない。ウザイ。果てしなく。
だから、怖いという奴は、怖くない。

俺は、ははと笑いながら、藤内と孫兵の喧嘩がちょっとした死合になりかけて、
作兵衛が必死に止めている姿を指さす。

「大丈夫。俺にはあいつらのほうが怖いから」

そういえば、ようやく蛇女は眉間に皺を寄せるという表情をつくり、
プリンをおいた。
さっきまでまだ四分の三も残っていたが、
手元を高速にするまでに早くしたおかげで、食べ終わったようだ。

「で、どうするんだ?」

ずいっと顔を近づけると、蛇女は、後ずさり、驚いた顔する。
なんだいつも無表情だから、4年の某穴掘り先輩のように
表情なんてないものかと思ったけれど、蛇女は表情豊かなようだ。

「どうするって・・・君、近い。危ないから、私から離れな」

俺に触らずに、そういう蛇女に、

「そうだぞ。なんでそんな近くにいるんだ?僕のだぞ。触れるな」
「なんで孫兵のなの?が頷いた?は嫌がってるんじゃないの?」
「うぉぉぉ。頭痛い。なにこいつら、ちょっとは冷静になれ、
たかだか、団子チョイスだろう?」
「「たかだかじゃない!!」」

孫兵が俺を牽制し、その言葉に藤内が噛み付き、
作兵衛が頭を抱えた。
その間に俺と蛇女の間に、左門が入りこんだ。
蛇女は、もっと後ろに後退る。

「で?」
「で、と言われても」

それより、本当にどいてくれと訴えるが、
空気読まない左門に通じるわけもなく、疑問をべらべらと蛇女にぶつけ、

「なんで孫兵の言うこと聞くんだ?ペットなのか?人ってペットに出来るのか?
じゃぁ、僕作兵衛を飼う」

・・・・・・最後に変な方向に行った。作兵衛も孫兵も藤内も
左門の言葉に固まり、いっぱいいっぱいだろう作兵衛は、
左門の言葉に、お得意の妄想を働かせた。
俺は、ペットおかしいだろう?が正解だと思うが。

「お前が主人とか俺は絶対嫌だ。散歩だとか言って、俺を餓死させる気なんだ」
「大丈夫だ。俺が左門を飼って、作兵衛が俺を飼えば、問題ない」

俺が、そういって慰めれば、作兵衛は俺と左門を殴った。

「問題大有りだよ。お前らは俺に何求めてんだよ!!」

いててと、顔をあげれば、左門の復活がはやい。
潮江先輩や田村先輩に殴られ慣れているのだろうか。

「で?なんで、孫兵のペットなの?」

言われた質問に、蛇女は頭を捻る。

「うーん、そういえばなんでだろう?途中諦めたというのが強かったような」

答えを聞いて、俺は呆れた。
孫兵に、ペットと扱われている理由が、流されているだけだとか、
結構重要なことだと思うのだけれど、
蛇女にとってはそれは、どうでもいいことらしい。

「・・・あんたって、実はぼうっとしてるとか言われない?」
「私にそんなこと、言う人はいない」

蛇女はきっぱり言い切る。
左門は「加勢するぞ」と作兵衛の二人の喧嘩を止めるのに、加勢している。
俺には、そのまま二人の間に突っ込んでいったように見える。

「・・・ふーん、友達とかいないの?」
「友達・・・・・・それはどういう意味なのか分からない」

それは、それは。いないとかの答えのほうがまだ救われた。
あんたは、曇りない眼で、こちらを見もせず、分からないと言った。
それがどういうことだが、あまり考えることが得意じゃない俺でも、
なんとなく分かって。

「悲しいなあんた」
「そう?私は、それが人として正しいと思う」
「あんただって人だろう?」
「君は私が人に見えるの?」

俺は。
・・・・・・俺は、口を閉ざした。
俺がこいつを呼ぶ名前は蛇女、それ以外は知らない。
毒があって危険で、近づいていけないくのたま。それだけ知っていればいい。
なんて言っていいのか分からないでも、このままじゃいけないと
口を開く前に、蛇女の手を誰かが握った。
たどると、泣きそうな顔をしているさっきまで喧嘩していた藤内だった。

「見える。は人だ。
だから、そんな悲しいこと言わなくてもいいんだ。
僕は、の友達・・・それ以上になるから。
だから、友達がいないことが正しいだなんて言わないで」
「藤内が、なんで悲しむの。分からない」
は、ちょっとずつ知ってけばいいよ」

分からないと頭を捻る蛇女は、俺には向けられない真っ直ぐな
黒い目を藤内に向けた。
それが俺は少しだけ羨ましく思ったのだが、
俺には蛇女の手を握ることは出来ない。
恐ろしいのかどうかは分からないけれど、
触ってはいけないものだと俺の第六感が囁くのだ。
俺が、一回瞬きするかしないかの間、二人の手は離された。
仁王立ちしている孫兵が、藤内を蔑むような目で見ている。

「はっ、だから、藤内は藤内なんだ。
僕は、別にがこのままでも、愛せるさ。
いやむしろ、それでいい。それがなんだし、
君はさ、結局は、が蛇女だということを認めれないのさ。
自身を受け入れれない。頭が固いから、だから、もういいでしょう?
くだらない三文芝居とか、さっさと離れなよ」

それから、吐き捨てるように。

に大切な人なんていやしないさ」
「・・・・・・孫兵、お前」

さっきよりも殺気が強くなった藤内に、あちらも殺気を強くして、
対峙している。これはマジでやばいと、
俺と左門と作兵衛が目をあわせてアイコンタクトし、どうやって
こいつらを沈めようかと思っているときに、
蛇女は口を開いた。
それは、淡々として抑揚のない声だったが、場を支配していた。

「語弊があるな。孫兵」

彼女の言葉に二人が振り返り、蛇女は、ふっと、口元をあげた。

「私には大切な人がいる。その人がいるから私はここにいる」

かくして、二人の喧嘩は行われることがなかった。












2011・04・18