たかが数日離れていただけだった。
離れていたと言っても、ちゃんと会えば話をしていたし、忘れることもなかった。
それなのに、これはどうしたことだろう?
僕の大切な物を紹介しよう。
蝮のじゅんこだ。
じゅんいち、じゅんいち二世、三四郎
きみこ、きみ太郎、大山兄弟、花子、花男、ジュン、ネネ・・・。
たくさんの毒があるすばらしい僕の宝物。
そして、一番すばらしい毒の生物。
だ。
は、僕が苦手な人の姿をしているけど、毒をもつ素晴らしい存在。
話しかければ、言葉を返してくれところもなかなか面白い。
そんな僕の大切なを、
忍たまで僕以外言わない名前で呼ぶ声が聞こえた。
下を見れば、案の定。
藤内と。
「。一緒に、予習しよう。僕のイチオシの場所があるんだ」
「藤内・・・なんども聞くけど、それに私は必要なの?」
「必要だよ。行こう」
そういって、極力部屋から出ないはずのは、
藤内と手をつないで外へ出ている。
それだけで、モヤモヤした気分になるのに。
「藤内」
「なに、」
「髪についてる」
そういって、藤内の髪についていた葉っぱをとった。
僕は目を見開く。なんてことだ。
人に触れることすらしなかったが、人に触れている。
僕ですら、から触ることはなかったというのに、
ぎりっと凄い力で、窓枠を掴んでいれば、バキバキと音が聞こえた。
「孫兵、窓枠を壊すな。直すの大変なんだぞ。
・・・凄い形相でお前、一体何見てんだ?」
三之助と左門を紐でくくりつけた
作兵衛がこちらに近づき、下を覗いた。
「あ、蛇女と藤内?いつの間に仲良くなったんだ?」
「さぁ」
僕も知りたい。
「もしかして、藤内。蛇女の毒にやられて、食われるんじゃねーか?」
「食べるって、まるごと一呑みで?」
「姿形も残さないってことか」
作兵衛の妄想に、左門と三之助が悪乗りしている。
僕はを悪く言う奴らを怒りはしない。
むしろ、どうぞどうぞだ。
がくノ一の中でも、
危害を加えてこない比較的大人しい性格だと分かられて、近づかれる方が嫌だ。
だが一言。
「残念だけど、は人だから、人は食べないよ」
と言えば、そ、そうだよなと、答えた作兵衛の顔がなんでか青い。
なんでそんな顔をしていると聞く前に、
「」
と、聞き覚えのある藤内の声のはずなのに、
聞きなれない柔らかい声が聞こえて、僕はまた下を見た。
「好きだ」
一瞬、時が止まったようだった。
実際、僕達の時は止まった。
作兵衛も、三之助も、左門も、ありえないという顔をして固まっていた。
は、その告白に、
「はいはい」
と、なんでもない風を装った。
僕だけが知っている。
はいつも人から、恐れられているから、好意にめっぽう弱いことを。
僕が好きだと言った時も、照れているのか、ちょっとだけ下を向くことを。
それを知らない藤内は、の言葉に、むくれた。
「違う。前も言っただろう?ちゃんと復習しなかったのか?」
「いや、復習って・・・・あれを?」
「物事は、なんでも予習復習だ。
僕だって、ちゃんとそれをしたから、こうして好きだと言えるんだ」
「・・・藤内は真面目だね。それ、違うところにぶつけたほうがいいと思うよ」
「。好きだ」
繰り返し言われた好意に、とうとう完全に下を向いた。
なにそれ。僕の時と反応違くない?
何回言っても、そんなに下を向かなかったじゃないか。
なにしてんの?なにやってんの?僕以外にそんな顔なんで見せてんの?
僕のイライラがピークに達し、大声でと呼ぼうとした一息前。
は顔をあげて。
「分かった。私も、好きだ、藤内。・・・これでいい?結構恥ずかしい」
さっきのが時が止まったのなら、今度のは、体全体の機能が停止したようだ。
声が出ない。息をしているかも分からない。
心臓が動いているのですら、謎だ。
名前を呼ぼうとしたのに、二人がいなくなるのを見送ってしまった。
「なにやらいけないものを見てしまったような」
三之助が呟く。
「藤内が毒に侵された!!」
左門が喚く。
「ふ、二人とも、あれは、えーと、そう好きじゃなくて、隙だ。
私も、隙が(あるん)だ。藤内で、体を鍛えるために言っていたんだ。
そうだよな。左門!!」
「作兵衛、それは、どうみても文章がおかしいぞ」
「ここは、素直に、うんと頷いとけ、頼むから」
ちらちらと僕の顔色を見て、変なことを言っている作兵衛に、
ぐぐぐと頭を掴まれている左門。
「俺が思うに、あれは、藤内のふりをした偽物に違いない」
と三之助がのんきに、呟いた。
その言葉で、ようやく僕は動けた。
そうだ。
藤内がにかける声が柔らかなのも、
瞳が柔らかなのも、愛の告白も、全部偽物だからだ。
は、騙されているんだ。
きっと掌返して、ボロボロにされるんだ。
そうに違いない。
そしたら、僕以外に懐くからだって言って慰めて、
もう二度と、僕以外に懐かないように、しつけなくちゃ。
そうだから。
僕の大切なものが、違うものに懐いてしまってはいない。
それは、ありえないんだ。
だって、彼女は、蛇女。
誰からも恐れ、忌み嫌われる存在なのだから。
2011・2・12