ばかなコ 5
覚えてるってことどんなに凄いことか私は知っている。
ゴミみたいだっていう人もいるけど、
真夏の雪のみたいな私よりも、全然いいんだ。
いいよね。なんて羨まないで。
誰かを好きだったこと、
誰かの好きなもの、誰かの嬉しかったこと、
誰かの楽しかったこと、幸せなことも消えていって、
宝物でさえなんだったのか忘れて捨ててしまう。
大好きな二人を忘れたくなくて、賢くなろうとした私は、
昔より数倍賢くなっていて、
二人が離れても、朝起きたら二人のことを覚えていた。
昨日のことも覚えていた。
昨日、二人があの事務員さんと仲良く話していて、
私も仲間に入れて欲しくて声をかけたら、
「その子と仲がいいの?」
と事務員さんが尋ねて、滝・・・ううん。平くんは、言った。
平くんが何千回も教えてくれた簡単な羽根音で、
「敬語を使え、あだ名で呼ぶな」
目を見開く私に、平くんと同じ顔をして私を見る喜八、
いや、綾部くんか。
ともかく、私は二人と仲は良くないし、
名前を呼んではいけないし、尊敬するように敬語を使えって、
その記憶を思い出して、涙がぽろりとこぼれたけれど、
それでも、二人との大事な記憶をなくすぐらいなら、
馬鹿な私の両手一本ずつ二人は握りしめてくれた。
人のぬくもりを、人の素晴らしさを、生きる意味を教えてくれた。
だから、私は目をこすって、今日も兵助先輩の元へ足を運んだ。
記憶の二人を忘れたくなかったから。
水曜日だけだった兵助先輩とのお話は、
いつのまにか一週間で2日から4日、
いつどこでなんて決まっていない
私を見つけるのが得意になったて笑う兵助先輩。
私も昔より兵助先輩を見つけやすくなった。
兵助先輩といればいるほど、
記憶は点が線になり波になり、大量の情報が流れこんでくる。
本を読む機会が増えて、寝る時間が増えた。
兵助先輩はこのごろ私の体によく触れる。
ベタベタと人の温もりを感じるのが好きで
甘えたがりやさんみたいだ。
ぎゅっと背中から私を抱きしめて、私の肩に顎をのせるのが常日頃で、
暇になると、私のほっぺをつついていた。
いつの間にか兵助先輩の温もりで眠ってしまうことも多々あって、
それが別段悪くないと思うようになってきたころ、
火薬委員の整理の手伝いを終わった後、
バタンと後ろで重い扉が閉まったと同時に、
兵助先輩が真剣な顔でまっすぐこちらを見て言った。
「好きだ」
カァッとアレの熱い温もりが私の体中心から感じられた。
その言葉は私の中のアレが待ち望んでいた言葉で、
全細胞が喜びに震えているのが分かる。
そして、
私は今まで、忘れてしまったことを、ちょっとだけ思い出した。
それは悲しい記憶で、
自分の家族のことや、自分のそばにいた老人のこと。
家族は私のこと邪魔だったこと、
老人の永遠の旅はもう二度と逢えないこと
ずんと腹の奥のほうに鈍痛を感じる。
その空っぽな部分を塞がってしまいたくなったけど、
私は彼らが好きだったので、受け入れた。
風が吹いている。
兵助先輩が私の言葉を待っていることが分かる程度になった
私は、どっと不安の波に襲われた。
いきなり得た情報の波に溺れて、ほとんど錯乱状態の私は、
目を右へ左へ動かし、兵助先輩の顔を見ずに頭に思い浮かべる言葉をつなげた。
「私も好き。でも、私に優しくしてくれた人全員好き。
嫌われても邪魔でも好き。
特に、二人が大好きで、賢くなれば、彼らの気持ちが分かると
思ったのに、気持ちも恋も何1つ分からない。
賢くなって思いだしたのは、馬鹿すぎる自分に呆れるだけで、
なんであのとき、もっと違う言葉をかけてあげれなかったんだろう。
もっと違うことしてあげられなかったんだろうって後悔ばかりで。
兵助先輩は好き。今、誰よりも好き。
一緒にいてくれるから、
私はあなたのことだけはなにがあっても忘れないから。
あなたがいれば私は賢くなれる。
でも、あなたは私がいてもなにもならない。
いつか呆れて二人みたくバイバイしちゃう。それが悲しい」
兵助先輩がゆっくり近づいてくる。
逃げなくちゃと感じた私が一歩下がる前に、
腕をとられ、顎に手をかけられ上を向かされた。
視界一面に兵助先輩が映った。
兵助先輩の顔はとても綺麗で、透明な膜を普通の人に貼って、
きらめきを増やしたかのように輝いていた。
その中心の彼の大きな目が私を瞬きをしないで見つめていた。
そこに写る自分の姿に、私は怯え小さな嗚咽をこぼした。
「あ・・ああ」
ボロボロと涙があふれる。止めようと思っても止まらなかった。
私は、ずっと馬鹿だったから、捨てられてもいらなくなっても
捨ててもいなくなっても気づかないで生きてきた。
初めての失うことの怖さを、記憶以外に人で感じてしまった。
「もう誰も失いたくない」
ぐちゃぐちゃなものすべて取り除いた自分の素直な言葉に、
すっと兵助先輩の指が近づいて私の涙を拭った。
「ああ、失わない」
「どうやって?」
「俺がを離さないから」
そういってぎゅっと抱きしめられた。
ドクンドクンといつもよりも早い兵助先輩の心臓の鼓動に、
兵助先輩の言葉に嘘偽りがないことが分かったけれど、
不安な私はまだ怖い。
「でも」
ふーと頭の上からため息吐かれ、体を離された。
呆れさせたとびくっと身構える。
「は側にいても俺になにもならないって言うけど、
そんなギブアンドテイクで付き合うっていうのは変な話だ。
でも、そう言うなら俺はから癒しをもらっているので、大丈夫。
といるから凄く笑うようになって、凄く楽しくなって、
喜怒哀楽が少ないっ言われていたのに、今だってちょっと怒ってる」
「え、怒って?」
「にじゃないさ」
意味が分からないが、そこのことは言いたくないようだ。
さてと。と兵助先輩は私に手を差し伸べて、
いつも以上にきっと誰もみせたことのない笑顔を私に見せた。
「というわけで、は一人じゃなくて、俺と一緒ということで、
結婚前提に付き合って・・・もちろん、いいだろう?」
2011・12・1