その日は太陽が一人で頑張っている日だった。
俺達といつも一緒にいたあの子は、一年は組とお使い中。
途中まで、忍んでいこうとしたけれど、5年は実習があって無理だったので諦めた。
まだ、帰って来ないのかなと、遠くを見ながら思う。

「なぁ」

「なんだよ」

「ハチ、私思ったんだけれど」


雷蔵は本の整理、兵助と勘右衛門は、い組の授業を受けている。
必然的に縁の下で俺と三郎とお茶を飲みながらぼうっとしていた。
横をちらりと見れば、三郎は、雷蔵とよく似た顔で、
意地の悪い性格がにじみ出たような目をしていた。

「なんか変なんだよ」

「なんかって」

「いやななんだけどさ」

「聞きたくねぇ」

その名前は今の俺の鬼門だ。
みんなが避けて通っていた話題で、明らか様にいやそうな顔をしたが、
三郎は飄々とした雰囲気を崩さすそのまま続ける。

「まぁ、私もがあんな奴だったなんてと失望する反面、最後がおかしすぎると思うんだ。
お前だって、気になるから時々見ているじゃないか」

言われた言葉に、ぐうの音が出なくて、もう言うなの言葉を言う前に、
三郎は、言葉を被せた。

「私は、蒼先輩が彼女を叩いたのが、がけしかけたんだと思ってたけどさ、
そんなことすれば、食満先輩が黙っちゃいないだろう?あそこはバカップルだから。
だけど、食満先輩は寧ろ、をもっと大事にし始めた気がするんだ。
このところ善法寺先輩と仲良いし、それを推奨している気もある。
それに、が、あんな顔で謝るなんて、
あんな全て諦めた顔してさ、何か捨てたような顔してさ」

・・・・・・それは、分かる。
俺と一緒にいた5年間あんな顔見たことなくて、
こっちのほうが、胸が痛いような切ないような顔するから、
本当は、もっと言おうと思ったこと全部忘れて、後味の悪さだけ残って、
だから別れたはずなのに、つい気になって、目が追ってしまった。

「・・・・・・でも、私は、あの顔こそがの全てな気がするんだ。
の本質は、三年の伊賀崎に近い。
あそこまでの人嫌いじゃないにせよ、人を寄せ付けず、特定の人だけを懐に入れてる。
それと、昔さ、私がお前らをからかうつもりで変装して、
浮気現場を作ったけれど、怒りながらも、どこか諦めた目をしたんだ。
あの時の顔よりマシだけど、あの顔見たときなんか嵌った気がした.。
彼女の本質は、あれなんだろうってね」

先ほどまでのゆるやかな時間が嘘だったかのように、張り詰めた空気。
三郎は、顔の前で、両手をつけ口元を隠して、
ちらりと俺の様子を一度だけうかがった。

「こういっちゃなんだけど、なんで、ハチはあの人なんだろう。
お前は、が嫌いだったわけでもないし、寧ろ今でも本当は嫌いじゃないだろう?
別れを切り出したお前のほうが、未練を持ってるだろう?
あんなに愛し合って、結婚しようとまでいった女を、急に別れて、
非難したのって、全部、「天女」さまが来てからだし、
それって、どういうことなんだろうんなって」

「何が言いたいんだ。三郎」

「殺気仕舞え、喧嘩を売っているわけじゃない。
お前がを好きだと言って告白するときに私、言っただろう」

急に変わる視界。

「あの子は、死ぬ気で愛さないといけない子だって言ったのに、ちゃんと言ったのに
そうしないなら、愛さないでと言ったのに、あの子に、夢を見させるのがどれくらい残酷か。
あなたは無知。でも、今ならまだ間に合う。早くあの場所へ行って、これが最後」

黒と白とが反転した世界で、俺の顔を固定し動かなくする三郎は三郎ではなくて、
なんだこれと、顔に固定された手を振り払おうとすれば、
宙を切る音が聞こえた。

ハチ、ハチ。
自分の名前を呼ぶ声がして、目を覚ませば兵助がいた。
あれ?今まで横にいた三郎はと、言えば。何寝ぼけてるんだよ。
三郎はとっくに雷蔵の所だよ。と怒鳴られる。
はっきりと意識が戻って、
そうだ。行かなければと、足をあの場所へ進めようとしたけれど。

「どこ行くんだ、ハチ」

「俺、行かなきゃいけないことが」

「それは、1年は組と、あの子が、盗賊に襲われたことよりも重大か?」

え、と言われたことに止まる。

「帰り道に、襲われて、4人とも攫われたって」

と、兵助の長い睫毛に覆われた大きな目が潤んだ。
俺は、混乱している兵助の肩を掴んで、

「行くぞ」

と、体の向きを変える。門にはすでに、みんながいて、こくんと頷くと走り出した。
木々の群れの間を間を通りながら、
一瞬、誰かの俺が一等好きな顔が見えて、
泣きそうになりながら愛しさを感じて、俺好きなんだ、まだ。
と理解したけれど、心と体は違う場所へ行っている。

「ハチ、気引き締めろ」

と言われてそうだ。今は緊急事態。
だから、今日じゃなくても良いか。明日もあるんだから
こっちが終われば、すぐに会いにいこう。なんて俺は思ってしまった。
明日がないのは、同じだったのに。
いいや、あの子にはまだ明日があった。
真実さえ知っていれば、俺は、どちらに走っていただろう。


きっと、君だった。








2010・1・12