彼女の願い、知ってる?
蒼い空の下で笑いあいたいそれだけだったんだよ。
だから、君はその空の下で笑う資格なんてないんだよ。
「何を探してるの?竹谷」
そこにいたのは、善法寺先輩で、彼はいつものようににこにこと笑い
両手には薬草を一杯持っていた。
誰か、怪我人が出たのか、それとも彼の不運のせいで委員会の経費がゼロになって、
そのために委員会総出で薬草とって町に売りに行くのか。
そういえば、がいなくなる前はずっと善法寺先輩といたから、
何か知っているかもしれないと、俺は立ち上がり聞いた。
「先輩、の場所知りませんか?」
「なんで、きみがの場所を知りたがるの?」
俺の一抹の希望の質問は、質問で返された。
彼の言葉に毒を感じて、少しムッとなって返す。
「なんでってそんなこと先輩に関係ないでしょう」
「けど、竹谷、君だって関係ないでしょう。と別れたんでしょう。
君とを繋ぐものは何もないはずだよ」
「確かにでも俺は謝って」
「謝って?どうするの?まさか、
あの子がいなくなったからよりを戻そうなんて言うんじゃないよね?」
なんで、関係のない先輩に、ここまで言われなくちゃいけないのか、怒りがわいた。
「違う。俺は、が大事だって気づいたんです」
と売り言葉に買い言葉のように喧嘩腰に返せば、
先輩の口は、弧を描いたままなのに、顔だって笑っているのに、
背筋が凍るほどのものを感じる。
殺気によく似たトゲトゲした雰囲気に飲まれそうだ。
「ねぇ、竹谷。帰れば?きっと君には、見つからない」
「どういうことですか」
「あれ?知りたいの?君、知りたいの?」
「・・・・・・ええ」
「そう。じゃぁ、まず、だなんて名前呼ばないでくれる。さっきから胸糞悪くて」
「は?」
一瞬言われたことが分からなかったが、先輩はそのまま続けていく。
「それと、知らないからって理由にならないから、
むしろ、知らないでいたほうが罪なんだよ」
「さっきから、何わからないことを」
「は、死んだよ」
ざぁと風が吹いた。俺は目を見開き、目の前の男を見た。
彼は、人を癒す6年で一番忍びが似合わない人のよさそうな
優しい笑顔を、同じく優しい整った顔に乗せている。
茶色少し柔らかそうな髪が風に飛ばされている。
声が震えた。
「・・・・・・冗談は止めてください」
「冗談?僕は笑えない冗談言うほど腐ってないけど」
「なんで」
「はっ、なにを君が殺したんじゃないか」
「お、俺が」
何言っているんだ?この人は、さっきからおかしいけど、本当にいかれているようだ。
俺がを殺したなんてそんなことしていない、
ただでさえ会えないというのに会えない相手をどうやって殺すというんだ。
それに、殺す理由もない。好きな相手だというのに。
反論しようとしたが、その余地もないほど善法寺先輩はまくしあげていく。
「君、に結婚しようって言ったらしいね、それでぱっと出てきた女に心奪われて、
を捨てたんだよね。これ事実でしょう?
はね、人柱だったんだ。君の言う意味のない存在のね。
あの時、彼女を助けられるのは、君だけだったのに、君はを捨てて違う選択をとった。
は、結婚相手がいれば死ななかった。死ななかったんだよ?
君が一言。村に結婚するっていうだけで、はまだ生きていたのに。
結婚しようなんて簡単に言うべきじゃない相手に言って、
希望もたせて、君は絶望に落としたんだ。そんな酷い殺し方ってあるかな。
ねぇ、竹谷。君はこれは、また冗談だって言うの?」
いきなり言われた事実に頭がパンクしそうだ。
先輩は、そんな俺にもう一度事実を突きつけた。
痛いほどの事実を。
「を、殺したのは竹谷。君だよ」
涙が出る。全部理解できた。蒼先輩が怒った理由も、
が、すべて諦めた顔したわけも、あんなに切なかったわけも。
でも、なら。
「人柱のこと言ったら、君はを捨てなかった?
馬鹿だね。もしかしたらなんて意味のないことだよ。
それに、言えなかったのは、君が捨てるかもしれない。嫌いになるかもしれないだって、
本当、言ったら君は捨ててたかもね。変な女に心奪われるくらいだもの。
責任逃れなんて最初に言っただろう?知らないのも罪だって」
俺の質問に、先輩は綺麗に綺麗に笑った。
俺は、本当にしょうもない男だ。死んだことを自分のせいにしたくないなんて。
は死んだ。俺が殺した。
俺が言った、結婚してくれが、どんなに重い言葉だったか、
俺が言った、別れてくれが、どんなに重い言葉だったか、
の、うん。と頷いた二文字がそんな重さだったなんて。
簡単に、受け入れてくれたと良かったなんて俺は最悪だ。
彼女のとっての結婚は、生存続行の希望だった。
彼女にとっての別れは、死刑通告の絶望だった。
その二つを与えた俺は、何も知らずただへらへらと生きていた。
いつも時折みせる諦めた顔は、
生きていることに、死ぬことに怯えているだけだったのに。
どんな恐怖だろう。明日死ぬかも知れない体は、
どんな絶望だろう。希望に裏切られた後は。
想像もつかない。
あの時最後だって言われていたのに、俺は、の元へ行かなかった。
あの子のもとへ行った。
は、死んだ。俺が殺した。俺が、を殺したんだ。
つぅーと言葉も出ず、涙が出たけれど、善法寺先輩は俺を殴った。
薬草は、地面に全て落ちたけど、先輩は気にせず胸ぐらを掴んで
顔を近づけた。
「泣かないでくれる?は、一回も泣かなかったんだ。
それなのに、君。泣いて忘れて許されると思ってるの?」
ああ、善法寺先輩は笑っているんじゃない。
「彼女最後まで泣かなかった。
君の事嫌いじゃなくてちゃんと好きなままで、最後まで笑ってた。
だから、君が彼女を思って泣くなんて許さないから。
僕は許さない。君が泣くことも、君がを忘れることも
僕はと幸せになるのに、
君は全部、全部、知らない顔して生きていくことも許せない。
竹谷。君は、一生を忘れるな。お前が殺したを忘れるな」
全てを押し殺しているだけだ。
そうして、先輩がいなくなった後に俺は何も出来ずにそのままの姿でそこにいた。
蒼い空は、真っ暗な空へと変わっていった。
泣くことすら罪な俺は、泣くことも出来ずに、
俺には、もう愛しているも好きも言う資格もなくて、
ただ、と呟くことしかできなかった。
2010・1・16