さんにとって、愛先輩が全てと言うならば、
俺にとって、世界はさんによって成り立っている。
初めて出逢ったのは、入学式。
桜の木の下で、無防備に寝ている
忍たまの服を着た一個上の先輩。
入学式が終わって夕方になっても、
その先輩は同じ場所にいて純粋な興味から、近づいた。
近づけばとても綺麗な髪の色をしていたので、
俺と同じよりも小さい体をしていたので、
造りがどう考えても違ったので、とても綺麗な顔をしていたので、
雰囲気がこの世のものじゃないような恐怖心と色々なものがめぐり合わせて、
なんの因果か俺は彼女に一目ぼれをした。
そこから暇があれば彼女を観察して、どうにか同じ委員会になって、
彼女の人柄が分かって、変であったけれど、だからこそ悪い虫がつかないと安心したり、
けどそれがいいという奴もいてそんな奴は牽制したりしていた。
5年い組から見える6年生の組み手の授業にため息を吐く。
さんを小突く立花先輩に、からかわれている潮江先輩。
ぐっと握り締めた教科書はぐしゃぐしゃになっていた。
同じ年になりたかった。少しでも長く一緒にいたかった。
って呼びたかった。でも、六年の先輩方と同じは嫌で、
さんって呼んでいいですか?聞いていいと言われたときは嬉しかった。
学園では俺だけの唯一の呼び方だ。
さんが任務があるときは、
行くとき「行ってらっしゃい」帰るとき「お帰りなさい」
ちゃんと言う。夜遅くても、朝早くても絶対必ず。
さんは、そんな俺を変な奴といって笑ってくださった。
俺の髪の毛はさんがなで心地が楽しいと言ったから伸ばしている。
俺の爪がキレイだって褒めたから、毎日磨いている。
俺の名前は面白って言ってくれたから、名前を一層好きになった。
俺の声も顔も体も心も魂も髪の毛一本全てさんのものだから。
だから、梢さんが来ても興味などわかなかった。
だけれども、いつもさんの周りにいる人がいなくなってとても清々して、
天女様様と手を合わせる笑顔を向けることぐらいはしていたが、
俺はさんと、なお一層一緒にいれて幸せ絶頂。
こんな日が続けばいいな。と思っている矢先に、さんに任務が入った。
入れた奴のKYさに、どうやって依頼主を殺そうかと思ったが、
依頼主を殺されたら、さんにお金がはいらないし、
なによりも変な噂がたつのもあまり宜しくない。
なぜならば、さんはお金が好きで、任務が好きだからだ。
好きな人の好きなものは取り上げたくなかったので、しぶしぶ手を振って、
「行ってらっしゃい」をした。
そして、帰ってきて「お帰りなさい」をしようとして、事件が起きた。
天女様はノボタケ城の間者で、殿様の命令により
愛先輩を攫うために薬と幻覚で先生や先輩達を操っていたらしい。
そうだろうな。さんに立ち向かって守るほどの女じゃないしな、
でも、そんなことはどうでもいい。
問題はさんが愛先輩を取り戻すためにノボタケ城に向かったことだ。
ノボタケ城はあまりいい噂を聞かないが、
残虐非道で彼らの通った後は女子供関係なく殺し、
血だらけの道を作るという、忍びも部下も一流なところで、
そんな所に一人で乗り込んでいっていくらさんが強いと言っても
彼女は、本当に女の子なんだ。
だから、俺は、前には凄い速さで進むさん。
最高速度を出しても彼女に届かない、徐々に距離を開けられる。
はぁはぁと荒い息を出し、ノボタケ城が見えてきたときに、
「そこまでじゃ。久々知 兵助」
学園長に止められた。俺は上手く息が出来なくて苦しくて言葉が出ないけど、
前に進もうとして、ざっと学園長以外に
黒い服を身にまとった先生方が現れて俺を捕まえた。
木下先生が俺に言う。
「久々知、ここからはもう次元が違う。お前が行っても死ぬだけだ」
だから、なんだというんだ。俺は、さんに。
先生の手を振り切ろうと暴れたとき学園長が俺に言った。
「あやつがわしにお前を止めろと申したんじゃ。
分かるな?久々知あやつの気持ちをくんでくれ」
俺は暴れるのを止めて、大きな要塞のような城を見上げた。
俺の姿に、先生も学園長もなにか思うことがあるらしくみな顔をふせいでいた。
先生達は彼女が死んでかえると思っているのだろうか。
それは間違いだ。俺は、彼女をよく知っている。
彼女は俺の全てだから、これから起こるだろう事が分かる。
俺がここに来たのは一緒に戦うんじゃない。
いいや、それが出来ればベストだが、俺はまだまだ足手まといだ。
俺がすること。それは、誰よりも早くお帰りなさいをすること。
それなのに。それなのに!!
今日は本当におかしいことばかり起こる。
俺の近くの土の上には雨が降っていないのに、落ちた後が出来ていた。
願いと現実は大違い。
彼は本当は分かっていた。
この任務がお帰りなさいと簡単に言えるものかどうか。
本当に彼にとって彼女は全てなので、
一緒に死にたいと思って付いてきたことを彼は気づくことなく。
帰ってくると願いだけを一身に信じて月に祈った。
2009・12・21