私が神に頼んで得た「天女」の名前を梢という。
別に名前なんぞどうでもいい。
愛よりは劣るもののまぁまぁ可愛い「天女」は、見事、私が要求したように、
糞甘ったるい黒糖の馬鹿のような思考で、彼らをひたしつけ、
男どもの心の隙間にはいりこみ、徐々に侵食していった。

愉快、実に愉快だ。
あの忍びの三禁と言っていた文次郎ですら、デレデレだ。
あの女のとっかえひっかえしていた仙蔵ですら、デレデレだ。
あのバレーと戯れていて女は抱けばいいと思っていた小平太ですら、デレデレだ。
あの本さえあれば大丈夫な長次ですら、デレデレだ。
なんて滑稽で面白い。色恋ざたなんて面倒なだけで不可解なだけで
ちっとも面白くなかったけれど、彼らをからかえられる情報を掴んだだけで満足だ。
しかし、今回は別に彼らをからかうわけではない。
至極真面目な内容である。
伊作と留三郎の仲を引き裂き、
男しか愛せないであろう伊作に女である愛に振り向かせるという重要な役割だ。

じっと、輪が出来ている集団の中をのぞけば、留三郎も文次郎と喧嘩し、
それを慌てて仲裁している彼女の姿に、すいませんと謝る二人の姿を見て、
にまにま。
彼は此の頃、「天女」の傍にいる、かれど彼の傍にいたはずの伊作の姿はいなくて、
にんまり。
おっちょこちょいな神も今回はちゃんと成功したようだ。
「天女」に、伊作に近づかないよう言っておいてくれた様だ。
笑みが止まらない。
伊作は今・保健室にいる。愛は今どこにいるだろう?
彼らの間は引き離した。
あとは、伊作の間を埋めるだけだ、
愛に言わなくてはと思って木の枝から飛び降りようとして、くわんと地面が揺れ、
違うあの日が見えた。

愛。

なんで、お前はそんな悲しい顔で笑うのか?
言ってくれなくては分からないんだ。
前の前のように、分からないままで終わらせたくないんだ。
今回は学園という小さな箱庭でようやくお前の好きな奴が初めて分かったというのに。
お前は、いつも叶わない恋をしてそのたびに泣いていて、
掴んだと思っても、そいつのために一歩後ろへ下がるから、
馬鹿だ。馬鹿だ。馬鹿だ。ばか、ばか。ばーかぁ。
なんでだよ。離すなよ。
なんで、お前の命の代わりに違う女に走る馬鹿に笑顔で微笑めるんだよ。

「馬鹿ね。恋を知らないのね。私は幸せなのよ?」

と最後に言った一言が聞こえてきて、ぎゅっと握りこぶしを掴んだ。
目がしっかりと捕らえた世界は青い空で、頭がはっきりとしている。
突き出して掌はぎゅっと握り締められていて、
あの時はこの手がたった2・3センチ届かなかったなと、そのままゆっくり下ろせば、
伊作と愛の笑い声が聞こえた。

愛。
私はお前に今度こそちゃんと好きな奴と愛し合って欲しいんだ。
前の前の前のように、一人で生きなくてもいい。
前の前のように、自分を殺して生きなくてもいい。
前のように、馬鹿な男のために死ななくてもいい。
彼女の幸せを神なんかには祈らない。奴は時々信じがたいミスをするから、
完璧で絶対がなければ祈らない。悪魔とはそういうものだ。
だから、何にも祈らない。



だから、だから、だから、だから、だから。

どーして?



どーして、彼女がこんな風にならなければいけない?

「天女」投入三ヶ月が経った頃。
愛と伊作の仲もそろそろ良好で、私はふんふんと鼻歌を歌っていた。

乾燥した唇をぺろりと舐めて、頬に当たる風に思いを馳せた忍術学園。
私達は女としては特例で、
特に戦力が強い私は忍者とかわりない任務を請け負うことが一杯あった。
ただし、今回は量と質がかねそろえられていて、少々手間がかかってしまった。
最初に会うのは時々仙蔵であったり後輩であったり、
ご飯のために、かなりの頻度でおばちゃんであったりするのだが、
今回は、すぐさま愛に会いに行った。
愛と伊作の仲がどうなったか気になったからだ。

しかし、愛の部屋は空っぽで、どこかに任務に出かけているのだろう。
なーんだ。つまらない。

と、服が血でかびついて気持ち悪かったから、部屋に戻り風呂入って、飯食って
うーん。寝るか。とこれからすることでも計画しながら、自室に戻ると、
顔を狙って、石に包まれた紙が投げられた。
ゆるく投げられているからいたずらな敵意は感じられなくて、私はその紙を広げ。

ああ。糞やろう。


鏡に映った私の目の色が赤茶色から、真っ赤な赤に変わった。
しゅっと音を立てて、いるであろう奴の場所へ飛び込む。



「だあいせいこう」


と言う声を部屋に残して。



そう。私は視野がいつも狭いんだ。
だから、私が愛とまったく会えなくなって一ヶ月だというのに、
なんの根拠があってか、私は彼女が幸せであると勘違いしていた。
それは、出かけ際に見せた彼女の笑顔かも知れない。








2009・12・20