「我のものになれば、お主の大切なものは返してやる。どうだ?」

そういって殿様は、ぐったりとした愛を抱き抱える。
私は考えた。
ここで、その案にのれば、愛は助かる、私も助かる。
ここで、その案を断れば、愛も私もどっちに転ぶか分からない。
どちらを選ぶかを考えたの同時に、
自分の薄葵色の髪に赤い血が付いていることに気づいた。


――――赤。赤。赤。紅。――――


色で、似たような瞳をもった男を思い出した。

「俺のものにならないか?」

そういえば、昔、あの人もそう言っていた。
それは、昔々それまた昔。
私が悪魔だったころに戻る。
かの人は雄大で壮大ですべての光も闇も持っていた。
ただあの人の、好みは黒で、目だけが赤で、
皆美しくあの人を愛し、愛されたいと望んでいた。
あの人の言葉に、横に座った美しい形をした誰かが何をという顔をした。

私は彼の笑みを凝視した。

誰もが欲する笑みであれ以上に素晴らしいものはないだと、
私を殴った誰かが言っていた。


静かに目を閉じ、目を開ける。
今目の前の男、あの人に比べればありんこのような存在。
見た目がよくとも、地位が高かろうと、殿と呼ばれもてはやされても、
あの人以上なんてこの地上でありえない。

数秒の沈黙に利吉が慌てて、視線で何かを言っている。
私は無視して口を開く。

「昔、同じことを言っていた奴がいた」
「ほぅ」

つつと殿様は目を細める。
早く続きをと急かされているのは感じた。

だけど、私は過去に意識が飛ぶ。
昔の私は、ボロボロの白い服を着ていた。
服と言ってももはや巻き付いているだけで布というのが正しかった。
悪魔なのになんで白を?と聞かれたことがあった。
たしかに、あの場所で、悪魔たちはもっぱら黒を着ており、
白はなかなか着ているものはいなかった。
着ているやつらには、それぞれ言い分がちゃんとあったようで、
だから私にもその理由を聞きたいようだった。
私の答えはシンプル。
「そこにあったから」だ。
もし、最初に目が覚めて落ちていたものが黒だったなら、
黒を、緑だったら緑をつけていた。
本当に、その程度のこだわりだった。
私の青白いのただ不精に伸ばした髪は風に揺れていた。

私は、彼の血より濃い赤の色を見て、呟いた。

「        」

そういえば、彼は笑ったのだ。
おまえはそうであるべきだと言わんばかりに笑った。
さっきよりも幾分柔らかで、温かみのある笑みだった。
それに、横にいる誰かが嫉妬して私に、殺という怨念を込めて睨みつけても、
私には、嫉妬する彼等の気持ちが分からなかった。

ぐらりと揺れれば、そこには、普通の人がいた。名称殿様。
その殿様も、笑っている。

「今と昔は違う」

誰に言うでもなく呟いた。

「もう私はとっくに売約済みだ。よそをあたれ」


私の答えはあの時と違っていた。
そして、その言葉で私は、自分の間違えに気づいた。
そう。だって、私の全ては愛のものだ。

取り出した二本の長いクナイで、そのまま殿様まで走る。

私は、人の世界に長くいすぎたようだ。
根本のことを忘れていた。
目の前にいる敵がなんだっていうんだ。
何人いたってかわりはしない。
命は平等に。なんてそんな言葉元悪魔に通じない。
命は不平等に、愛も夢も言葉も態度もすべて不平等に。

ただ愛のためだけに、私はあり続ける。

私が殿さまの手をとっても、愛は幸せに生きれない。
私が殿様の手を払えば、仮に私が死んでも、隙をつくることは出来る。
後は、利吉に愛をまかせればいい。

私が死んでも、愛が生きれば、それでいい。
愛が幸せに生きれば、それでいい。

まさかそのまま突っ込んでくるとは思わなかったのか、
数秒の隙に何人かが息絶えた。
他の数人が私を囲んだ。
絶体絶命だけど、私は予想通りの展開に笑みを作り。


―――あは。バイーバイ。―――



音にならなかった言葉。
ぽろりと、胸元から焙烙火矢を落とそうとしたのに、

「あれ?」

爆発せずに、コロコロと音を立てて、床に落ちた。
私が落としたものの存在に気づいて、
囲んでいた忍び達が、遠く離れて防御をしたので、殿様への道があいていた。
あー、そういえばそうだった。
私は納得する前に、素早く殿様の元へ走り、殿様の首を手で掴む。
あとちょっと力をいれれば、そのまますぐに折れるだろう。
周りの忍び達のしまったという顔と共に、
それ以上のことをされてはと、みな動けないでいる。
殿様の顔が歪み、息も絶え絶えだ。

「愛を、返してもらうぞ」

利吉に目配らしし、私は殿様から手を下ろして、傍にいた愛を抱き抱える。
ごほごっほと殿様の息を懸命に吸い込む音しか響かない部屋で、
忍びが私たちを捕らえようとしなかったのは、
利吉が殿様の首にクナイを当てているからだ。

「愛」
「・・・・・・?」

愛が、目を開けた。
私の世界はそれだけで、色を帯び、すべてが美しいと思う。
地獄で一番美しいとされたかの人の笑みも瞳もそれ以上に、愛は美しい。

「私は助かったのね」

安堵する愛の姿に、
青い顔の割にはあまり外傷が少ないし、精神も喋れるから大丈夫のようだ。
死と生の狭間の怪我をしているわけではなくて、私も安堵した。

私の肩を貸して、愛は立ち上がった。
綺麗な赤い着物が、とても彼女に似合っていた。
ふと、私は愛に質問した。

「ねぇ、愛」
「なに?」
「私は一体なんだろうね?」

私の質問に、愛の形の良い眉毛がはねた。

「おかしなことを、じゃない」

そっかと言って私は笑う。愛も笑う。
ひとしきり笑い終わって私は、愛を刺した。

「な・・・んで?」


その一言をいったまま、愛は床に落ちた。
赤い着物の大きさが大きくなり、黒髪が乱れ、まるで、蝶のようだった。












2010・1・4