「馬鹿だなぁ」

長い首をもっと長くして、大きな目から目玉が飛び出るんじゃないかってくらい
目を大きくさせて、一瞬も逃しわしないと相手を食い入るように見ている。
長くて柔らかな上質な絹を思い立たせる美しい濡羽色の髪。
ビスク・ドールのような長い睫毛に覆われた大きな黒目がちの目。
高くも低くもない鼻に、熟れたてさくらんぼうの唇。儚く散り逝く一夜の桜の頬。
それらはすべて右左対称な均整の取れた顔であり、
そしてその下にはこれまた均整の取れた体。
女体としての夢のような体。
痩せていなく太ってもいなく抱き心地のいい体。

そんな女として完璧な夢のような少女は、ふざけたことに、
絶対に叶うことのない恋をしていた。


遠くでかの人を見やる少女に私は隣で寝転びながら馬鹿にする。
一言言えば、なんでもやってやるというのに、彼女は優雅な所作で口元を隠して笑うのだ。

「あなたは恋というものが分かっておりませんね。それでもつまらないでしょう?」

馬鹿。なら、どうして、そんなきつそうな顔してるんだ。

「馬鹿だ」

三回目の馬鹿に、彼女の愛書している拷問の全てが飛んできて、
今、私試したいものがあるの。付き合ってくれるでしょう?と言われるまで数秒。




そんな私と彼女の関係。
下僕とその主。





忍術学園には、女性はくの一教室。男性は忍たまと分かれる仕組みだった。
しかし、世界には時に例外がある。
その例外に該当した二名の女性は、くの一にならず忍たまと同じ教室で過ごしている。
男女一つ屋根の中で暮らすと言っても、彼女らは通常はくの一の長屋で過ごしているので、
安全であったし、なによりも彼女らに手を出す馬鹿は彼女の外見しか知らぬもの、
そうとう学園の噂に疎いものだった。

一人は、どこぞのお姫様の像を一同につめたような姿であった。
もう一人は、あらけずりであったけれど原石のような美しさを秘めた姿であった。

一人は笑顔で人を殺せた。
もう一人は・・・・・・・純粋な力によって人を殺せた。
いかんせん、彼女らは例外であった。
それは女として、また人として。




高くも低くもなく丁度いい声でパチリと目を覚ます。
その声はとても聞き覚えのあったものだが、とは一体誰であったか。
彼女は、ぱっつんな前髪と自由に動いている長い色素の薄い青白い髪をかいた。
真っ白な髪どめが揺れて、寝ぼけ眼な半分目の赤茶色の目は、
黒い髪と同じ色した目の少女を見やり、と言う言葉を忘れ彼女の名を呼んだ。

「愛」

ゆっくり近づいてくる、彼女は常時の笑顔。
この笑顔のときの彼女があまり機嫌が悪いときのものなので、なにか怒っていると判断した
少女は、逃げ出そうとしたが、がっと肩に掴まれる尋常じゃない力に、動きが止まった。

「ねぇ、今は実習で鬼ごっこだって忘れているかしら?」

ふふふと笑う彼女に、いまさらだが、自分がと言う人であること。
そして女であることを思い出し、はははと乾いた笑いが出た。

私は、。上の名前など、ここに来たときから捨てた。
だって、苗字などで私を縛ろうなんぞ。出来るわけがないからだ。
私が従うのは、いつだって一人。愛と呼ばれる少女のみ。
彼女と私の関係はなんであると言われれば、この世界では幼馴染。
そしてすべての世界での関係を下僕とその主と言う。
完結に言えば、私も愛も元々人ではない。
私の生まれ育った場所は地獄と呼ばれる場所で、愛ともそこで出逢った。
そして、地獄のルールとは厳重であり、決闘だって、上に申請しなければなかなか出来ず、
人のようにばかばか簡単に死ねるものでも生まれるものでもないので、
あそこはこの地上よりも平和で平穏でなにより変化がない世界であった。

その世界で、私は愛に決闘を申し込み、そして負けた。
そしてそこでの約束事により私は彼女の「下僕」なのだ。
天使は約束を守らないが、悪魔は約束を守る。

私は、愛が地上で生きるようになってもその姿を追いかけていった。
愛は元々人でなかったので、人になっても特殊であった。
なんど生まれ変わっても愛は愛でしかなく、私のことを忘れてはいなかったのだ。

だから、私のここでの生活も、前の世界と、その前の世界と、その前の前の世界
と変わらず同じであり続けた。
ただ、死ぬ前に次はこうでね。と言われたので、前の姿と違い。
人で女である姿だけれども。

「ふわぁ」

「はしたない」

ペンと軽く頭を叩かれた。私にこんなこと気軽に出来るのは男で一人だけだ。

「なんだ、仙蔵。いたのか」

「なんだ、ではないぞ。。お前はさっきはよくもどうどうと中庭で寝おって、
罠かどうかでもめてなかなか捕まえられなかったではないか」

「だって、眠くて。ふわー」

「なんだ。お前のようなものでも考え事か?」

ふむ。考え事。それに思い当たるものがある。
が、その前にぐーと盛大になったお腹をさすり。

「腹減った」

と、6年い組を出て、食堂へ向かう。
二人前を喰らいあげ、もっくもっくと口の中で咀嚼している姿を呆れ姿で茶を握ってみている仙蔵。
いたのか。気づかなかった。最後の白飯をがっと口の中に流し込み、仙蔵の持つ湯飲みを奪い
口を流す。ふー一息一息。

「美味いな」

「・・・・・・美味いじゃない。人の湯飲みを奪うなそれでも本当に女か?」

「肝の小さいこと言うな。それで本当に男か?」

バッチっと火花が散ったが、食堂に入ってきた二人組みに、は争うことをやめた。
その姿におやっと?仙蔵は頭を捻り、に習いよく見知った二人に顔を合わす。
一人の茶色の髪の彼は、怪我だらけで今日も不運であっただろうと、
そしてその横にいる目のきつい彼は、このごろ彼と一緒にいることにより
不運が移っているのではないと彼も少し怪我をしていた。
もしかして、も腐っても女であるし二人のうちの一人に心奪われたかと、
少々気に入っている自分としてはいささか面白くない気持ちであったが、
不運である少年・伊作が、私達の視線に気が付くと、顔を真っ赤にして、変な声を出し、
食堂から逃げ出した。横にいた少年・留三郎もいささか居心地が悪そうな顔をして
伊作を追いかけにいく。なんなんだ。これは。
と彼らの関係は友人であるはずだ。この6年間で初めての彼らの反応に理解しがたく
隣のを見れば、眉間に皺を寄せ、一言言った。

「なぁ、仙蔵。衆道が女好きになるのは無理だよなぁ」

余計理解しにくくなった。













2009・12・15